農業指導員
そうだ、今までの話を異世界の農民にも広めなくてはならない。耕助はそう思い立った。ホウ・レン・ソウは大事。リーダーとして基本中の基本である。
「では今のお話を農民の方々へお伝えしてきます」
「うむ、よろしくたのんだ」
イムザが手を挙げ、耕助を見送る。耕助は軽く礼をし、天幕を出る。
周りを見渡すと案外近くにゴランが興味深そうにジャガイモの苗を眺めているところだった。
「ゴランさん、ミリーさんも呼んでもらってもいいですか」
「ええ、かまわんよぅ、おーい、ミリーよーう」
ゴランが大声でミリーを呼ぶ、彼女は畝を崩さぬようこちらへ歩いてくる。
耕助はついでにこの村の、今後の異世界組のリーダーを決めておこうと思いついた。
「そのミリーさんって人は、確かジャガイモに関心が深い人なんだよね」
伊藤はミリーを眺めながら、耕助に問いかける。
「ええ、作付けだけじゃなく、芽かき、ソラニン毒に関心が高い人です」
ミリーは試験農地の時、一番ジャガイモに関心があった。そういう人物こそ、指導役にふさわしいと耕助は判断した。
「ふむ、それはいいね。リーダー役にぴったりだ」
どうやら伊藤も耕助と同じ考えのようで、少しばかり安心した。
「リーダー役って言うと語弊がありますから、農業指導員とでもしますか」
「そうね、それがいいかもしれないね」
「こんにちは、ご用の趣は」
ミリーは麻でできたような手ぬぐいで土を払う。
「実は加速魔導のコルさんが体力回復しまして、それでジャガイモの収穫も加速します」
耕助の言葉に農民二人は困惑気味だった。
「んだども、これだけの頭数じゃどうしょうもないべさ。回らんよ、回らん」
「確かに収穫が増えるといっても、それじゃ収穫も植え付けも満足に行き渡りませんよ」
ゴラン、ミリーは双方とも、反対ともいわずとも、狼狽している。
「それは想定内です。なので、他の領地からも農民を呼ぶことになりました」
「他の村、じゃなく領地からか。こりゃ偉いことになったなぁ」
ゴランが細身の体を後ろへと後ずさりさせる。
「イムザさんが新しい村を作ります。目的は他領地でジャガイモの植え付けを可能にすることで、その農業的なとりまとめというか指導を二人に手伝って頂きたいんですよ」
「イムザ様も大胆だなぁ。でもワシにジャガイモ指導なぞできるかね」
「そうですよまだ一回しか植え付けしてないんですから」
ゴランとミリーは口をそろえ反論してくるが、耕助からすればまだ動ける人材だ。
「はっきり言うと、農業指導に関しては私たちも頭数が足りないんです。なので、一人でも多い方がいいっていう単純な理由です。あとはできれば異世界人同士で農業交流してもらった方が根付きやすいかと思っていまして」
異世界人同士の交流は必要性こそ高くないが、ジャガイモの根付きを促進するだろう。S町一行や貴族から毒性のある物を植えろ、食えと言われても容易には受け入れられまい。
だが、農民同士の交流であれば話は別だ、口コミ効果が期待できる。
「まぁ、それはそうだべな。他の領地の農奴となるとイムザ様への忠誠も期待できんしのう」
「そうですね、私たちのようにジャガイモを育てる気になるかわかりませんし」
耕助にとって少し意外な言葉が出てきた。
「領主への忠誠、ですか。それってそんなに大きい問題ですか」
「大きいも何も、他の領主に全く新しい作物を作れと言われても、従う方が少ねえべ」
「耕ちゃん、ほら領主ってウチらにとって町長とか以上に重要な存在なんじゃない」
伊藤が耕助の身の丈に合った言葉に翻訳してくれる。
「確かに、領主が取り仕切るアヴァマルタは神事だし、農業を強制させる軍事力もある・・・・・・か」
ここに来てやはり異世界と耕助がまだシンクロしていないことを痛感させられる。
その点伊藤はわずかになじんできた、とでもいえるだろうか。やはり情報主集役に当てていただけあって、その点は評価できる。
それに今後、農業指導役に抜擢した場合、この能力は生かされるだろう。
「改めてお願いします、ゴランさん、ミリーさん、農業指導員になって頂けませんか。伊藤さんも二人のバックアップについてください」
「いや、断る理由はねぇけどもよ」
ゴランがためらいがちに、ミリーへ目をやる。
「報酬は出すよ、ジャガイモでいいならね」
「ジャガイモの育て方を一人に教えたら、ジャガイモを一つ。育てるもよし、食べるもよし」
伊藤はどこかネズミ講じみた提案をする。
「ただ、育てた方が絶対にいいと思うけどね、大体十個になるんだから」
伊藤は利得の勘案を農民に広めようとしているのか。
「確かに、ジャガイモはいいなぁ。腹はいっぱいになるし、旨いし」
ゴランは伊藤の提案で心引かれているようだ。
「それは、でもイムザ様の税に取られるんでしょう」
ミリーがゴランを押しとどめる。
「いやいや、完全にあんた方のものだよ。それを元手に自分の農園を開いてもいいんだ」
伊藤は広い大地を示すように両手を広げる。
「私たちの、農園? それはどういう意味です」
ミリーは困惑気味に伊藤と耕助に問う。
「君たち自身の農地、そのままの意味だ。荘園じゃなく独立した、君たちの」
伊藤はゆっくり、じっくりと話しかける。
「そんなもん信じられねぇべ」
ゴランが一笑に付す。
「だって、代々個々の荘園を耕してきたけども、ワシ達の土地なぞなくてもやってきたぞ」
「ジャガイモの生産性は荘園じゃ賄いきれないよ、どんどん拡大する」
伊藤は耕助へと目をやる、確かにその通りだ、ジャガイモは世界を超えて拡大し続ける。
耕助は伊藤に対し頷き返す。
「荘園を超えて広がるジャガイモをどこで誰が耕す? 君達自身が、君達の土地で育てるんだ」
やけに伊藤の口には熱がこもっている、どうしたんだろう。
「んで、そう大層なことはいいべ。土地を持てるってことがワシらには想像がつかなんだ」
ゴランが横に首を振る。
「なに、そう大層なことじゃない。僕たちの世界じゃ当たり前のことだ、ねぇ」
伊藤は耕助にまたも目線をおくる、どうも彼は信頼性を高めるため耕助を利用する気だ。
だがそれも悪い話ではない、むしろ異世界をつなぐ架け橋になれるなら光栄だ。
「ええ、そうですよ。大丈夫、そのうち慣れます」
そのうち慣れる、とは凄まじく適当な言葉ではある。だが、その言葉は二人の警戒心を解いたらしい。
「まぁ、そんなもんかねぇ。確かにジャガイモは沢山とれたしな」
「それで、その話はイムザ様には」
伊藤と耕助は頷いた。
「もちろん、先に根回しはしておきました、ご安心ください」
耕助はミリーに向かって微笑む。
農地改革はうまく行きそうだ、イムザとダスクが協力してくれる限り、ではあるが。
農民も積極的とは言えないが、協力してくれそうだ。そのうち、彼らの利益を生み出す行為だとわかれば気合いを入れてに自営農地を耕すだろう。
それはジャガイモを根付かせることに他ならない。耕助には少し明るい兆しが見えてきたような気がした。
【連絡事項】
本作をドラゴンノベルスのコンテストに応募しようと思いました。が、心理描写、小説全体の表現力に難があるのでもう一回作品をブラッシュアップしようと思います。現在書きためているエピソードを毎日公開しますが、公開後は一度完結として作品の内容の改変に移ろうと思って居ます。
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