耕太の変化
ぺスタが二本目のタバコに手を伸ばしかけた時であった。
パカン、パカンと小気味のいい音が響く。
この音はきっと銃声だ、即席の射撃場が昨日作られたと聞いている。
射撃場設営はなかなか素早い行動だと思う、がそこまで早く作るべき物かとも思う。転移魔導できちんと盛り土をして、流れ弾が出ないようになっている、らしい。
「なんだ、この音。太鼓のようではるが、違うな。何かが炸裂する音だ」
ぺスタは不思議そうに首を傾げる。
「銃って武器だよ、そうか君は知らなかったか。おいで案内するよ」
「多少の噂はサラに聞いている。なんでも強力な飛び道具だそうな」
武断のペスタは銃にどんな反応を示すか興味があった。
(しかし、こんな早くから誰が射撃訓練なんてしているんだろう。それに音をきくに撃っているのはきっと一人だけ)
複数人ならもっと複雑に銃声が鳴り響く筈。
罵倒の言葉であふれかえる木箱を倉庫において二人は射撃場に向かった
そこには一人、練習する耕太がいた、立射のスタイルでターゲットを狙っている。
予想外だった、鈴木か斎藤だと思い込んでいた。だが耕太か。
確かに耕太は何かに打ち込むとき、少し熱が入りすぎるきらいがある。
だが、今回のそれは、殺傷力を持つ危険な行為でもある。
「危ないから下がってて」
耕太はぴしゃりと言い放つ。だが雑多な扱いではない、銃という道具の性質を知っているからの発言に思えた。
耕太はこちらの存在を無視するかの様に銃を撃つ、そして的へと的確に当てていった。
小気味のいい音が的から響く、鉄板でも入っているのだろう。
ペスタは耕太の行動や銃を遠巻きに、しかし興味深げに眺めていた。
「これが銃、か。魔導の杖にも見えなくもないが、クロスボウのほうが近いか」
「まぁ、そうですね。ただ飛び出すのが鉄の玉なんですよ、これ」
耕助が補足すると、ペスタは絶句した。
「なんと、鉄を飛ばすのか。勿体ない……」
ペスタは呆れと絶句を足して二で割ったような声になる。
だが耕助は、やはりどうしても耕太の姿にショックを受ける。
殺傷能力のある道具を、耕太はそれなりに使いこなしている、なにか胸にざわつきを覚える。
(だからそれがどうしたってんだ)
耕助は自分に言い聞かせる、ただ新しい道具を一つ使えるようになっただけじゃないか。
別に耕太が凄まじい変化を遂げたわけではないのだ――と。
だが、そんな希望的観測は見事に裏切られこととなる。
「よし撃ち終わり、弾倉外して、チャンパー内確認、と」
耕太は銃を掲げ、銃身を後ろから覗き込む。その様はなかなかに堂に入った所作だった、たった数日で変化とは思えない。
「で、何の用」
此方を振り返った耕太の声には覚悟がにじみ出ていた。
「いや、ぺスタが銃を見たことがないっていうからちょっとな。それにしても立派な射撃場を作ったものだな…… 」
耕助は的を振り返る、『人型』と『ゴブリン型』の二種類があった。
(耕太は人を撃つつもりではなかろうか、そんな、まさか)
「お前、あの的、人の形だよな」
「ああ、そうだよ。ゴブリンの的は小さくて当たりづらい」
そっけなさげに耕太は答える。
「それに鈴木さんが言うにはマンターゲットの方がいざという時の葛藤が少ないんだって」
(人を撃つときの葛藤を減らすだって…… !)
耕太はそら恐ろしいことを平然と口に出した、胸のざわつきがショックに変わる。
「その、人を、撃つつもりか」
「その時がくれば」
自衛官や警官ならいざ知らず、何故耕太までもがそんな覚悟を決める必要がある。耕太の背中に冷や汗が流れる、いくら異世界に来たからってそこまで変わる必要ないじゃないか。
「いいご子息を持ったな、最初はあまり感心できなさそうな男であったが、数日でこれか」
ぺスタの声で現実に引き戻される。彼女は素直に感嘆の表情で耕太を褒める。
(『いい息子』、か。軍事狂のぺスタからみれば、殺人の訓練に打ち込む息子は『いい息子』なのだろう)
だが、耕助としてはもっと『穏当』な道はなかったのではないかと思ってしまう。
「なぁ、耕太、お前まで警察とか自衛隊の真似しなくてもいいんだぞ」
耕助は立てこもりの犯人に呼びかける親の気持ちで訴える。
「父さん、父さんだってこっちの世界で農業の現実と向き合ってるだろ、俺も俺なりに……」
「別の向き合い方があるだろう、農業を継ぐとか、現代のいい所を持ち込むとか」
「どっちにしても俺は経験が浅いじゃん、それじゃ使えないよ。それにこっちは本当の戦いを見ちゃったんだ。自分の身は自分で守れる位にはなりたくなるよ」
まるで全米ライフル協会だ、が実戦という実績があるだけに耕太を一概には否定しづらい。
耕助は親として、何か言いたかった。だが言葉は紡げない。
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