シューティングレンジ
農業が本格始動する傍らS町自警団の武装訓練もまた本格化した。
農協事務所の隣に射撃場を作る事となった。弾丸が逸れても良いように盛り土を転移魔導で設置した。最大200mある射撃場は、その盛り土からして一種の要塞のようだった。
鈴木やミサリの指導でゴブリン、人間サイズの案山子が作成されている。
人間サイズの的が作られている、ということは『そういうこと』だ。異世界に強制的に召還されたS町の面々は何があったとしても生還することを望んだ。人間を殺す、そういう状況があった時の為の訓練だ。
鈴木が言うには平素から人型の的を使うことで、実戦の際のためらいをなくせるということだ。耕太にとって、この藁人形が本当の人間だとは到底思えなかった。だがこの話は根拠があるらしく、信じるほか無かった。
「本当はペーパーターゲット作って精度図りたいんだけどね」
鈴木は愚痴をこぼしながらも、しかし楽し気に案山子を作っていた。
案山子には金の板が仕込んであった、命中すると音でわかるのだそうだ。一列に並んだ案山子はまるで銃殺を待つ囚人の列のようだった。
今日の射手は耕太、拓斗、渡の三人だ。
耕太は初めて殺傷力を持つ銃を撃つことに緊張している、エアライフルでも動物は殺せる。
ただ単純に好奇心とか、ロマンとかそんな単純なもので緊張しているのではない。
銃を撃てる、つまり今後耕太も拓斗同様に護衛要員に割かれる可能性がある。
(この間の拓斗のように『敵』を倒せるかな。いや、やらなくちゃいけないんだ。そうしなければ異世界で生きていけない。異世界でゴブリンやモンスターの胃袋に収まるのは絶対に嫌だ)
まちまちの距離に設置された案山子と相対し、藤井の家にあったベニヤでブースがくみ上げられる、耕太もそれに加わった。
「こう見えて俺、DIYとか好きなんだよね」
渡は頓珍漢な場所にくぎを打ち込みながら顔を綻ばせる。
(このおじさん、本当に信頼して大丈夫なんだろうか)
「耕太君、作業から外れて」
突然の解雇宣告が鈴木から言い渡される。
(何かやっちゃいけないことでもしたのかな)
耕太は自然と身を強張らせる。
「この中で実銃撃ったことないの耕太君だけでしょ、事前教習だよ」
「なんだ、びっくりした。とんでもないミスしたのかと思っちゃいました」
「こっちきて、これがエアライフル。予想と違ったでしょ」
正直言って他のショットガンより断然カッコいい。
プルバップ式だ、ゲームで知っている。
「この銃はポンプで空気を圧縮して使うんだ、火薬銃よりは威力は低い。だけど」
鈴木は間を持たせ、力強く言葉を紡いだ。
「エアライフルにも殺傷能力がある、つまり君はこれを持った時点で人を殺す能力があるんだ。そのことは自覚してほしい」
耕太の中で『覚悟』はできていた。
ゴブリンとの戦いを見て、この世界ははっきりと『死』があるのだと身に染みた。
「はい」
耕太は力強く、端的に言葉を返す。
「よろしい、じゃあ簡単だが、絶対に守らないといけないことから教えよう。今は空気抜いてるから安心して触っていいよ」
耕太に鈴木がエアライフルを渡す、プルバップのお陰かSCARのエアガンよりも安定感がある。
「先ず第一に、銃口を人…… いや『味方』に向けないこと、暴発したりしたら大変だからね」
味方と言い直した口ぶりには妙な重みがあった、この世界には敵がいる。
「はい」
「地面に向けておくとか空に向けておくとか方法はいろいろ有るけど、好きなほうを選べばいい。お勧めは地面だけど。で、第二、撃つとき以外指を引き金に掛けないこと、安全装置も掛けておく」
「はい」
鈴木が手取り足取り、操作法や各種取り扱い、姿勢について教えてくれた。
「そして待ち受けるのが、これだ」
鈴木が取り出したのは割とどこにでもありそうな空気入れだった。
鈴木は慣れた手つきでチューブをライフルにつなぐ。
耕太の後ろではすでに射撃が始まっていた、広野に銃声が響き渡る。
「これ、目盛りに二百ってあるだろ、そこまで押し込んでみな」
(なんだ簡単じゃないか、空気入れなんて)
結局耕太が空気を入れ終わるまで十分もかかった。全身から汗が滴り落ちる。百当たりまでは楽だったのに突然負荷が増大した。
「筋肉ついて慣れると、もう少し楽になるよ」
鈴木が微笑みながら水筒に入った水を差し出す、耕太はそれを喉を鳴らして飲み込んだ。
(俺、まだまだ鍛えなくちゃな)
耕太は素直に己の弱さを受け入れた、耕太には筋力も射撃術もない。この世界ではひ弱な男だ。そんなひ弱な男がこの残酷な世界で生き残るには鍛錬を積むほかない。
全身から汗をしたたらせながら空気を入れていくと、漸く目盛りが200に到達した。
「これでこの銃は撃てるようになった、が少し休憩しよう。その息切れ状態じゃ弾の無駄だからね」
鈴木は顎で射撃ブースをしゃくるとついてこいと無言で伝えた。
「えーと、それで、ここを開いて、うわ薬莢飛び出てきた! 」
ショットガンを撃っていた渡が素っ頓狂な声を上げる。
「ポリちゃんよう、お前さんよくそれで今まで腰に拳銃ぶら下げてきたな」
講師役の斎藤はあきれ顔で指南している。ターゲットの案山子は健在。
(渡おじさんには射撃の才能がないようだ。ショットガンってもっと当たりやすいイメージなんだけども)
その脇では拓斗が黙々とライフル射撃をこなしている、距離は五十メートル、目標はゴブリンである。
こっちは才能があるようで、藁で出来た案山子の頭は引きちぎられていた、金色の地金が露出している。
。
「拓斗君、整備なの? 基地警備じゃなくて」
鈴木が半信半疑とでもいいたげに尋ねる。
「そうですよ、サバゲはしてましたけど」
「成程ね、筋がいい訳だ。この調子なら戦闘訓練も出来そうだね」
「戦訓ですか、エアガン、空発でやりましょうか。ゴブリンに包囲された想定とかで」
「そうだね。さて、耕太君そろそろ撃ってみようか」
鈴木がエアライフルの方へと向かった。
バシュ、小気味のいい音がする。
だが弾は虚空を裂き案山子から外れた。
「銃を支える左手が力みすぎだね。もう少しリラックスしてみて。ほら爪が白くなってるでしょ、余計な力入ってる証拠」
ボルトを前後し、次弾装填する。
今度は左手の力を抜く。一瞬、照準が揺れたが安定した。
「次はヒト型の的を狙おう。ゴブリンはちょっと小さすぎる。狙うのは胴体中央部。で息を吐ききったところで狙いを定める、いいかい吐ききるんだよ」
息を吐き、照準の真ん中に案山子を持ってくる、発砲。
今度は命中、カツーンという小気味のいい音が響く。
「いいね、そのまま連続して撃ってみて」
残りの弾も全て命中した、耕太自身この成果には驚いた。
「初めてだとしたらこれ、凄いよ」
鈴木べた褒めする、少し耕太は照れ臭い。
「ほら射撃って何にも考えてないやつの方が当たる、って言いませんか」
拓斗が射撃を終え、会話に加わる。
「何も考えてないってひどくね」
耕太なりに覚悟や決意なんてものを固めてきたつもり、だ。それを何も考えていないはちょっと心外だ。
「違う違う、銃撃つときって余計な事考えちゃう奴多いんだよ。それで銃が当たらない。それが無い、無心みたいな」
「褒められてんのかな」
「そうだよ」
拓斗はそう答えると軽く笑った。
射撃場にはへたくそな渡の発砲音が一発、こだました。
「あんなに無駄弾撃って良いんですか」
拓斗はド直球に質問する。
「無駄弾って酷いじゃないの」
一休みのためか、イヤーマフを外した渡が口をとがらせ抗議する。
「全然当たってないじゃないですか」
渡の案山子はいまだ健在、拓斗のはボロボロだった。
「ニューナンブなら、アブナイ駐在渡なんて言われるほどの腕前なんだよ」
(たぶん、嘘だ。しかもアブナイ駐在ってなんだ、夜中に暴れだしたりするのか。危険人物だ、道警は即刻処分しないと)
「ま、訓練する弾薬なら安心してくれ。ワシの家ににゃ三千発分の弾頭やら薬莢があるから」
斎藤が自慢げに胸をたたく。
「もー、法定ギリギリまで所持しちゃって。割と巡回強化しろとか言われて面倒なんですよ」
渡がぼやく。
そう、鈴木という超ハンティングマンに隠れていたが、斎藤も異常である。
「それで、僕が借りてるエアライフル、どれくらい威力あるんですか」
拓斗や渡のそれと明らかに銃声が違う、威力は段違いに低いだろう。
「スズメ、カラス、カモ、メインはそんなあたりかな」
ちょっと、予想以上に小物ばかりだった、キツネ、ウサギあたりはせめて……
「でも、ま、腕が良けれ早々にショットガン、ライフルに切り替えよう。こっちじゃエアライフルは本当にごく一部でしか使わないだろうから、入門だと思って」
より強い武器は耕太の生存能力を高める。
(早く銃に慣れよう。この世界を生き残る為には強くならなきゃ)
「よーし最後の一発で決めちゃうぞ」
渡がイヤーマフをつけ、ショットガンに弾を込める。
皆、あきれ顔でそれを眺める、どうせあたりはしない、と思っていした。
バァン。
案山子の藁で出来た頭は引きちぎられ、皮一枚で胴体とつながっていた。
「まぐれだ」
「まぐれだね」
「絶対まぐれだ」
拓斗、鈴木、斎藤は声を合わせてつぶやいた。
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