騎兵とトラクター
轍があった場所から2、3メートル離れたとこで土が柔らかそうに耕されている。
これは確かにやり過ぎかもしれない、ざっと見たところで10ヘクタール分は耕されてる。
「あと何発、これできんのさ」
半ばひきつった顔で藤井がペスタに問う。
「あと、うーん。今日だけでも十発は」
残念ながら彼女の耕起能力に見合うだけの種芋は足りていない。ついに異世界側の能力が、現代農業を上回った。
コルの時間加速もさることながら、ここまでの耕起能力も現代にはない。
大量にトラクターを使えばまた違った結果になるのだろうが、これは少女一人。代農業の敗北をただただ圧倒的にたたきつけられ、耕助は驚きを隠せない。
一瞬ペスタの足下が光り、紙が現出する。
「農協事務所より入電、コルによる発芽が完了」
ペスタが転移した紙を読み上げる。
「了解、トラクター隊用意、ジャガイモもコンテナに入れておいてください」
ペスタは素早くその内容を書き取り、魔導で転送する。やがて、一台のトラクターが転移してきた、アタッチメントは畝立て用。
「じゃ、これで作業開始かな。ゴランちゃん、この間隔で畝作ってね」
藤井はトラクターに乗り込む、それこそ騎兵のようにひらりとした動きだ。
低いエンジン音が響き渡る、トラクターの力はまだこの世界で発揮されていない。
森の土壌消毒だけではまだ本領発揮とはいえない。
この世界には輓馬がいない、だから農民がすべて手作業で農業をしている。
さぁ、鉄の馬が世界を変える、魔導にも負けない力を見せてやれ。
トラクターが一日に稼働するのは大体一ヘクタールだとされている。
だがそれは面積の狭い本州の農地での作業を含んだ時間だ。
つまり、それ以上は耕せない、耕すべき土地がないのだ。
だが北海道は違う、広い土地が待っている、つまりトラクターは本来の能力を発揮できる。そして、この異世界も農地が十分にある。
普通なら三十分で半ヘクタールといったところか、だが藤井のアクセルは遅めだ。土が軟らかすぎるのだ、横転の危険を察知して、それを避けんがために低速になってる。まぁ仕方のないことではある、それに一応農民達もトラクターの作る畝に似せて、畝を立てている。
農民達の作業は速い、前回の試験農場では半分の速度も出ていなかったであろう。
おそらく、アヴァマルタが効いたのだ。その上、人数が倍になっている。
だが、それでもトラクターには追いつかない。
人力で代替可能な部分は人力で済ませたい、それが耕助とイムザの一致した見解だ。
そうそうに軽油は切れる、その前にジャガイモ農家を増やしておくべきだ。
再びトラクターが召喚される。今度のアタッチメントはプランターだ。肥料と種芋を植え付ける、かなり便利な優れもの。
だから、当然のように大量の芋と肥料も送られてきた。
ちょっとやっぱり五十トンという芋を一気に植え付けるのは無理か。
耕助がどうしようかと悩んでいた所にちょうどイムザとダスクが高級そうな馬車に乗って現れた。
「イムザさん、この農民じゃ足りません、あと倍、百人はいないと手が回らなそうです」
「承知した、いいだろう。手近な村々に書状をだせ、三カ所程度に分散させろ一つの村から五十人供出するのは無理がある」
イムザは控えていた赤髪の女中に命じると、すぐにそれを書き取り転送した。
いきなり連絡されても困るだろうに、明日からでいいと思ったが、一度出した命令だ。
反故にしては領主としての威厳が損なわれるのだろう、だから耕助は止めなかった。
「それで、みなさんはなぜここに」
「そりゃ、「戦線」の確認のためじゃ」
ダスクが当然のように答える、確かにそれも必要な作戦行為か。
飢餓が進行中の国での作付けはまさに「突撃」と表現してもいいだろう。その先兵に異世界から来た鉄の輓馬が立ち向かう。
「それにしてもあれは、それなりにデカいな。トラクターといったな」
ダスクが耕助に尋ねる、それなりと表現されるのは本来であれば心外である。
あのモデルはかなりデカいのだ、がアヴァマルタで巨大な龍を見たあとでは小さく見える。
「トラクターであってます、機械というカラクリで動いています」
内燃機関やら、クランクやらをどうやって説明すればいいかわからず、カラクリという雑な言葉に落とし込む。
「魔導と全く異なる原理で動く物、か。この自動車はただの荷車程度にしか思わなんだ。だがあのトラクターとやらを見ればそれが間違いだったと気づかされた」
ダスクは顎に手をあて、軽く考え込む。
「ワシは魔導抜きでこの世界は成り立たんと思っているが、おまえさん方は機械抜きでは――」
ダスクがトラクターを眺めながら耕助に問う。
「ええ。ですから、この二つが組み合わされば」
「異なる世界二つ分の力が得られる、さすれば魔王に打ち勝たん」
ダスクは満足げに頷いた。
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