第十章 ジャガイモ栽培

ジャガイモの戦争、開戦

 会議室は何時もの応接間だった、が彫刻の刻まれた立派なテーブルの代わりに簡素な机が幾つか並べられていた。

 その上には何枚かの地図が並べられている。だが昨日のような戦争の地図では無い。イムザの領地を描いた地図だ。


「耕ちゃん、今日俺久々に勃っちゃたよ」

 先についていた藤井が耳打ちする、耕助は頷き返す。

「耕ちゃんもか、すげえべな、あれ。俺はもう一生勃ねぇと思ったのによ」

「それに精力減退薬、あれなんなんですか。これでEDとか笑えませんよね」

 藤井は苦笑する。

「んだ、耐えられん。まぁ俺は歳だけども、耕ちゃんならまだ未来はあるしよ」

 未来はある、といっても耕助は四十五だ。まぁ妻の三智枝はまだ若いから、まだ可能性はあるといえばあるのだが。


「この間のコルさん、ぺスタさんの魔導もそうでしたが、やっぱり異世界なんですね、これ」

「ほんとさ、朝勃ちなんて何年ぶりなんだろ。あー凄い世界だ」


 異世界を朝勃ちで評価するのは少し矮小な気がするが、それでも立派な生理現象。飯一つで何年も起きなかった事態が発生した。異世界の威力を耕助は今更ながら思い知らされた。


 やや遅れて伊藤、ダスクが入室し、イムザが最後に到着した。ぺスタとコルはいつの間にか部屋の隅に控えていた。


「ではこれより実際にどのように作付けを行うか取り決めたい」

 イムザが場を取り仕切るようだ。

(ま、それでいいだろう。俺には権限が無いし、そもそもこの世界の知識もない。実際この土地の統治者はイムザだ、どうせ誰が取り仕切っても最後には彼の了承がいる)

耕助は主導の座を退いた。

「先ず植え付けの量の確認ですが、手持ちの芋が七十トン、その内十五トンを戦線の魔術士に配布する、そうですね」

 耕助はダスクに視線を送ると首肯が返ってくる。


「そのうえでまた別に五t、これはアノン領の農民の食料にします。植え付けの体力確保もありますが、どんなモノを植えているか、その実感を持ってもらうための打算的配布です」


 単なる施しは地方交付税と同じ、やがてそれに依存するようになる。それでは意味が無いのだ。

 北海道では交付税に依存している地方自治体が多い。本来あるべき姿は交付を元手に活気ある町作りを自治体自ら行うこと、だ。依存すれば自治体の生存能力は低まる。


「自分が何を作ってるか知らない農家ではまともな収穫も望めない、意欲も生まれない、よろしいですかイムザさん」

「無論かまわんよ、生産意欲が上がるならこの上ないことだ。だがそれでジャガイモの次の作付けに影響は無いのだね」

「ええ、計算上では問題ないはずです」

 そう、計算上でなら、の話ではあるのだが。


「そして残りの五十トン、こいつを植えます」

「耕ちゃん、五十トン植え付けはこっちの農家には無理だぜ」

 藤井が苦言を呈する。

「ですからトラクターを最大限利用します。軽油は緊急用燃料を残し、全て使い切ります。ジャガイモとトラクターによる電撃作戦です。物量と植え付け速度で不慣れな土地に根付かせます」

 伊藤が何故か喜ばしいことでもあったように目を見開く。

「耕ちゃん、戦術眼あるじゃない」

「ありがとうございます、ただそうは言っても燃料は有限。ですから魔導でまかなる分は、まなかないたい。ので、耕起はぺスタさんにお願いしたいのです、無論ジャガイモの発芽はコルさんに」

「承知した」「承りました」

 魔導女中二人は間髪入れず返事をする。


 魔導でジャガイモの発芽、耕起はどうにかなるだろう。これは素晴らしい技術だ、決して現代農業ではなしえない。


「うまくいけば十倍から二十倍の収穫高が見込めます。これだけあれば、当座はしのげます」

「そして、その後はどうする。それで終わりではまだ兵糧も、臣民の胃も満たされまいて」

 ダスクが強い視線を投げかける。

「それはジャガイモが根付くかどうか次第……ですが、同じことの繰り返しができるならスミナの代替としてジャガイモをこの領地ではなく国に定着させる方向になります」

 ダスクは満足げにうなずく、がイムザは少しばかり眉を顰める。

(きっと様々な心労を抱えているのだろう)

 イムザは心配性だという噂はちらほら聞いている、がジャガイモは疫病以外には強い植物。ジャガイモ栽培を実際にやってみせたら彼も少しは安心するだろう。ゴラン達には実験農場でジャガイモの強みを見せつけた。


「じゃ、耕ちゃん、電撃戦なら早いほうがいい。ですね、イムザ様」

(伊藤がイムザに様付け……何があったんだろう)

 耕助は伊藤の顔をのぞき込む、イムザに対し反発的だったのは彼だ。

 一方のイムザは伊藤に頷いてみせた。


「さぁさぁ、コルちゃんもぺスタちゃんも作業の準備して」

 藤井は二人をせかすが、女中達は退出していいかを主に目で問う。イムザは目をつむり、うなずいて見せた。本来は客人が主従に命令を下すなど許されぬのだろうと、耕助はなんとなく察した。

 コルとぺスタは主の意を汲み、一礼すると部屋から退出した。


「じゃ、二人の準備が終わり次第、車で戻りましょう」

「その前にトラクターのアタッチメント、畝立てとプランター用意させるべ」

 藤井の言葉に従って、耕助はメモ帳を取り出し、農協事務所へ手紙を書く。

 メモ帳もいずれつきるだろう、がこの世界には紙が豊富にあるようだ。従って耕助の持ってきメモ帳が尽きたとしても問題はない。

 コルとぺスタと入れ違いで入ってきたサラにそれを手渡す。

「これを農協事務所に転送してください」

「かしこまりました」

 流石にイムザ、ダスクを前にしたサラは畏まった口調だ。魔導により光りに包まれた手紙は転移された。


「んで、どこ植え付けるよ」

 藤井が机に乗せられた地図を睨む。

「荘園の中なんてどうですか、こちらの農民にとってトラクターの偉大さが伝わるだろうし、土壌消毒が必要ないことは試験農地で証明済みです」

「んだな、そこに植え付けよう。でもトラクターが道中で横転……ああ、転移すればいいのか。そうだな、燃料もかせげるしそうしよう」

 藤井の思考も異世界になじんできている、良い流れだ。


「じゃ、私たちは一足先に荘園に行きます。これで失礼します。」

 イムザとダスクに一礼し、S町組は会議室を後にする。


 さてと、戦の準備は整っている。

 この世界とジャガイモの大戦争が今火ぶたを切って落とされるのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る