臨戦
十二体のゴブリンは包囲網を狭めながらじりじりと耕太たちに近寄る。
「敵が攻撃態勢になったら射撃開始。ミサリは一番近い奴に突撃、いいね」
鈴木にとってゴブリンの殲滅は決定事項の様だ。
「拓斗、昨日教えた通りリロードするんだ、大丈夫君ならやれる」
緊迫した状況で鈴木の口数が増える、彼もまた緊張しているのだ。
耕太はエアガンをゴブリンに向けている。玩具みたいな代物だが、この世界では役に立つのだろうか。少なくとも目に入ればそれなりの痛みは感じるだろう、そう願っている。
「耕太の二体は私がカバーする。私の受け持ちをこなした後、耕太の分を殺す」
唯一攻撃手段を持っていないサラは円陣の中央で立っている。しかし、彼女の背中からは全く怯えのようなものは感じない。
「サラさん、どうしてそんなに堂々としていられるんですか」
気を紛らわせる為に耕太はあえて聞いてみた。
「そりゃ、アタイの魔導は野戦医療にも使うからね、戦闘訓練も一応受けてるし」
サラは口ぶりも、仕事でもメイドの皮を脱ぎ捨てた。
「距離、四十五。そろそろ撃つぞ」
鈴木がつぶやく、そろそろ攻撃のタイミングだ。
一同が放つ殺気は高まる。
一方のゴブリンは銃が飛び道具だと知らぬ様子で、完全に体を晒している。
「これならやれる」
その時だった、一頭のゴブリンが声を上げると群れが一斉にとびかかってきた。
「撃てぇぇぇ! 」
鈴木の声が林をつんざくと同時に、それ以上の音量で銃声が響き渡る。
耕太の背後左右から銃声が響く。がその命中の成否を気にする余裕はない。
耕太は言われた通りがむしゃらにエアガンを撃ちまくる。最初は何も見えなかった、薄らぼやけた視界だった。
しかし突如として視界が開ける。全てがスローモーションに見えた。
飛び交うBB弾の軌跡すら見えた気がする。
(いける)
耕太は確信した。
弾道はゴブリンから少し外れている、照準を修正する。狙い通りゴブリンの頭部にBB弾が殺到する。
耕太の放つBB弾はゴブリンの顔面を叩く。
その内一発が目に入ったのか、ゴブリンは顔をおさえ前のめりに倒れこむ。
「耕太、散弾銃! 」
鈴木が叫ぶ、耕太は足元にあった散弾銃を手渡す。散弾銃の銃口を鈴木や耕太には向けない冷静さは残っていた。
鈴木が発砲する、多分四発目。
全弾命中していればこれで鈴木が受け持ったゴブリンは倒したことになる。
鈴木は耕太の方向にいた二体を倒す番だ。
拓斗の銃声がやんだ、カチャカチャと音がするリロードの音か。
「三体命中、続いて撃つ」
拓斗の声は極めて明瞭で聞き取りやすい。
「了解、ミサリ突撃を、生き残りの息の根を止めてやれ」
鈴木が耕太が足止めしていたゴブリンをショットガンで粉砕する。
これまで倒したゴブリンは鈴木の合計八体、残るは四体。
その内一体とミサリは剣で戦っている。
生き残りの三体が逃げ出そうとする、耕太はそいつらの背中に向かって射撃する。
拓斗はライフルに弾を込めると、背中からそいつらを撃った。
鈴木は散弾銃の弾も撃ち尽くした。
ライフルをリロードする。
「ミサリ、伏せろ」
鈴木が叫ぶ、だがミサリは横に飛びのいた。鈴木はその瞬間を逃さずに一撃をくれてやる。
戦闘が終結し、森には静寂が戻った。だが、耕太にはまだグワングワンと銃声の余韻が残っている。
至近距離での発砲音は耳に響いた。
(今度から耳栓も持ってこよう……)
残るは生き残りの掃討、といってもゴブリンたちは皆虫の息だ。
ミサリと鈴木は一匹ずつ首を掻き切る、弾丸の節約の為だ。耕太と拓斗は首を切断する鈴木のメンタリティーに言葉を失う。
「いくらなんでも人間型モンスターの首を切るのには抵抗感があるな……」
拓斗はぼそりと呟いた。
「三分ぐらい経った、かな」
耕太は腕時計をしていないから拓斗に尋ねる。
「一、二分だよ、そんなにゆっくりしていた様に感じるか」
拓斗がGショックを確認する。
「よし、この植物は根分けできるんだな。撤退しよう」
鈴木が荷物をまとめだす。
「確かに、でもその前に連中の装備とか確認しませんか」
拓斗も荷物をまとめながらゴブリンに近づく。
耕太はそれに続いた。
「体長は百五十くらいか、その割には結構頭がでかいな」
拓斗は足でゴブリンを蹴りつけ、曲がっていた姿勢を正す。革をなめした鎧を着ている、ライフルで穿たれた穴からは紫の血が滴る。
耕太はある事実に気がついてしまった。ゴブリンの腰蓑には人間と思われる腕が吊り下げられている。
耕太も拓斗も思わず視線をずらす。
「この腕、さっきミサリさんが言っていた落ち武者のものじゃないかな」
死体を前に平然としながら鈴木は分析する。
「ミサリさん、こいつら人間の肉を食うんですか」
「ええ、往々にして。合戦となると敗軍は彼らの……」
胃袋に収まる、のか。
帰り道に着く、先頭の鈴木はかなりの速度で前進する。それも臨戦態勢。
銃をピタリと構え、その姿勢のまま前進する。最後尾の拓斗も同じく、猟銃を構えたまま進む。
足音から察するに、拓斗は時折後ろを振り返っているようだ。耕太、ミサリ、サラの三人も歩きながら林の中に敵の姿を探す。
一行は全く喋らない。
帰りの目印は耕太が巻き付けたビニール紐だ。
これならまた探しにきた時、目印になる。一行は来た時の半分の時間で車へとたどり着いた。
声に出なくとも、安堵の雰囲気が広がる。
全員が車に乗り込むと、鈴木は乱暴に急発進した。
「初めてが人じゃなくて良かった」
五分程たってようやく拓斗が口を開いた。
「しかし、あの死んでた連中が落人って、ここってそんなに戦線と近いのかい」
鈴木は窓を開け、電子煙草を吸いながら尋ねる。
「いえ、かなり距離があります。きっと徴兵忌避かなにかで逃げ出したんだと……」
ミサリは何かを見つけたようだ。
「あの連中に聞きましょう、あれは脱走者の探索部隊だ」
道の先には四頭からなるフヌバの騎兵隊が居た。大きな旗を掲げている。
鈴木は騎兵から五〇メートルほど手前で車を停めると開けた窓から銃口を突き出す。
「貴殿らはアノン家中の者ではないな、名を名乗られよ。ここはアノン家領地である」
「いえ、ミサリ大丈夫。あれはウチの騎兵。おーい! みんな元気にしてたかー! 」
サラが大声で叫ぶ。
騎兵はフヌバから降りると、槍を放って車に駆け寄ってきた。
「いやー! サラ様お久しぶりで。この荷車は……」
「いや、ヘルサ様が召喚した荷車、乗り心地もいいよ」
「敵味方をはっきりさせたい、この人たちは一体」
鈴木は銃口を突き出したまま、サラに尋ねる。
「ウチ、つまりミニエ家の兵隊さ。ちょっとした領主なんだよウチは」
「「メイドが領主の娘ってどういうこと」」
拓斗と耕太は同時にツッコんだ。
「いやーアタイ、どうも魔導力が弱いからイムザ様のとこで修行中、ってワケ」
久しぶりに同郷の者と出会たのがうれしいのかサラは素を隠そうとしない。
「で、どうしたんだ。ここいらはイムザ様の土地だぞ」
すこしばかり不安げにサラが問う。
「それが、当主様が貧乏貴族症に……、家中の者がマンドラゴラモドキを探していたのですが通信が途絶しまして。それでこちらに群生地があると聞いてもしやと」
騎兵はバツが悪そうに答える。
「オヤジが貧乏貴族症ねぇ、塩大好きだったからな――」
サラは自分の親の病状を軽く流そうとする。
「ちょっと待ってくれ」
ミサリが会話に割り込む。
「さっきの落ち武者が件の者達では」
ミサリの発言で一同が静まり返る
「彼らと会いましたか」
隊長格と思われる男がミサリに尋ねる。
「否、恐らくだ。何人の隊伍だ」
「五人程ですが」
「ならば確実だ。残念だが、ゴブリンに殺されていた」
ミサリがすこし同情しながら断言する。
「ゴブリン……? ここはだって前線からかなりの距離じゃ……」
「おそらく、ですが長距離斥候でしょう」
拓斗が口を出す。
「戦線をすり抜けてここまで来たとでも。異世界のお方、いくら何でも……」
「行ってみるといい、ここから少し行ったところに林がある。青の紐が括られた木を辿れ。ゴブリンの死体とあなた方の仲間の遺体があるはずだ」
鈴木が提言するが、隊長格はうろたえる。
「いってくればわかるよ」
サラが状況を打開した。
「確かにゴブリンの死体がある、十二体。マンドラゴラモドキも傍にある筈だ」
サラは姉御肌から領主の娘へとまた変貌を遂げた。彼女には一体いくつの顔があるのだろう。
「り、了解しました」
「それと――」
「バカオヤジの為に死んでいった兵士達を丁重に弔ってやってくれ」
そういうとサラは鈴木の肩を叩き、発車するよう促した。車から見えなくなるまで、騎兵は頭を下げ続けていた。
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