第八章 『実戦』
耕太隊、現地到着!
急な事態に対応できるよう、車の運転ができる現世組が車中泊になった。
ミサリは軍隊で野営に馴れているらしく、むしろテントの方を望んでいた。サラも彼女に従った。
男は車、女はテントとちょうど区切られた。
RV車は三人にはかなり狭いけれども、それも旅の趣があった。否、その趣を愉しむ心理的な余裕が耕太にはある。異世界を冒険する興奮かもしれない。
一応、拓斗と鈴木、それにミサリの三人が交代で立哨することとなった。このあたりは魔獣も夜盗も出ないらしい。それでも不測の事態にそなえて、と言う形で決定した。
耕太は素直に寝ることにした、軍隊で鍛えられた訳でも銃を使える訳でもない、経験者に任せた方がいいと思った。
そして何事もなく、異世界探検二日目の朝を迎えた。
目覚めると鈴木さんがコーヒーを入れていた。
「おはよう、昨日は寝られたかい」
鈴木はアルマイトのマグカップにコーヒーを注いで渡してくれた。
「そりゃもうぐっすりと、案外車中泊って寝やすいものなんですね」
空気で膨らむマットレスは存外に快適だった。
「それはよかった。いつでもどこでも眠れるのは一つの特技だ。これからこの世界では生きてくると思うよ」
そう言うと鈴木は昨日の野鳥のあまりを捌き、朝食の準備を始めた。
テントからサラが顔をのぞかせる。
「事務所から魔導通信とどきましたよ、農業実験団は出発したって」
昨日は宴会だったそうだ。
(気楽だなぁ)
農業実験団の出発は意外とは早い、がこっちも負けていない。
簡単な朝食を済ませ、一時間も走らない内に耕太たち一行は針葉樹林に達していた、ここが目的地。すこし朝もやが残っている、が不穏な雰囲気やファンタジックな要素はない。ごくごく普通の林だ。
「この書によるとここにマンドラゴラモドキが群生しているとのことです」
サラは分厚い辞典を抱えている。
「そのマンドラゴラモドキってどういう植物なの」
鈴木と耕太は分厚い辞典を覗き込む。こんにゃくのお陰で異世界の文字も読めるようになっていた。
「紫の花が特徴です、群生していますから見つけやすいでしょう」
サラはメイド面を保っている。だが実際は姉御肌でちょっと勝ち気なところがある。
一行は林に分け入った。
正直、耕太は林にすこしがっかりした。というのも何にも『異世界感』がないからだ。S町からほんの少し離れたところにある林に似ている。違うのは少し木々の密度が低い位か。
「当然人工衛星はないからGPSは使えない、古典的方法で行こう」
鈴木はビニール紐を取り出す。
「これを通り道の木に巻き付けていく、耕太君頼んだよ」
鈴木に紐を渡される、勇者って感じの仕事ではない。
「遭難したら命に係わる、慎重に頼んだよ」
そういわれると、少しだけやる気が出た。
一行は道なき道を歩む、といっても低い草が生えているだけで険しくはない。
二分に一回、耕太が気にビニール紐を巻き付ける。
先行する鈴木は猟銃を下すことなく前進する。拓斗もライフルを持って、ショットガンも背負っている。銃を車に置いておくのは不安だったから全ての銃を運搬する。
「ここいらには肉食獣や盗賊はいないんですね」
鈴木が前方に目を凝らし、振り返りもせずミサリに問う。
「その筈です、雪解けの一斉捜索では魔獣の類も見つかってはいません」
ミサリも剣を携行している。
この一団で武装していないのはエアガンを持った耕太とサラだけだ。
「と言ってる先からなんだ、アレは……」
鈴木が何かを見つけたようだ、耕太も其方へ目を凝らす。薄汚れた茶色の、いや黄色の犬程の大きさの四足獣。
ただ、距離があるから何かはよくわからない、こっちの世界の野良犬か。
向うもこちらの様子を見ているようで、足を止め動かない。
「あれは……見たこともない、なんだアレは……」
ミサリは珍獣を見る目でその獣を見つめる。
鈴木はスコープを覗き込む。
「あぁキタキツネだ、召喚に巻き込まれたんだろう」
そして同時に鈴木は即座に発砲した。
突然の発砲に一同耳を塞ぎ、鈴木の行動に唖然とする。
「奴はエキノコックスをばら撒く、今仕留めた方がいい」
鈴木は一発分、弾をリロードする。
「エキノコックス……呪術かなにかかい」
サラが耳を塞いだ手を恐る恐る放しながら鈴木に問う。鈴木がいきなり発砲したことで、彼女の素が出ている。
「いや、病気ですよ。とにかく連中は見つけ次第始末した方が良い」
耕太はなんだか、キツネがかわいそうな気がした。
勝手によくわからない土地へ呼び出され、見つかったらすぐに撃たれる。
(無常感、ってこういう事を言うのかもしれないな)
「もしかしたら他にも召喚された動物がいるかもしれません」
キタキツネを撃ち殺してから十分程歩いた後で鈴木が話し出す。
「といっても鹿ぐらいなものでしょうけど」
「どれぐらい強いのだシカというのは」
ミサリは魔獣か何かだと思っているらしい。
「農家の天敵ですよ、あいつら畑を散々荒らすし。でも人は喰いませんよ」
耕太は回りを見回しながら鈴木の代わりに答える、耕太は小さいころ自分が植えたキャベツと朝顔を鹿にやられた。ヤツらは少し憎い相手なのだ。
鈴木がシカを撃ったとしたら、狐と違いかわいそうだとは耕太は思わないだろうと思った。
「あ、あれじゃないかな」
鈴木は望遠鏡代わりにスコープを覗く。一同は鈴木について前進する、そこには紫の花が群生していた。
「これ、です。これこれ」
サラは自分の仕事が無事達成できたためかほっと胸をなでおろした。
「これの根に効果があります、鳴きますけどマンドラゴラと違って死にませんよ」
「やっぱり泣くんだ、マンドラゴラモドキ」
耕太は少し感動した、やっぱりこの世界はファンタジーだ。
「根っこか、じゃあ家庭菜園用の小さいシャベルを転送してもらおうよ」
「そうだね、サラさん。これをよろしく」
鈴木はパパッとメモを書くとサラに手渡す。
耕太とサラ、それに拓斗がマンドラゴラモドキを掘り出すことになった。鈴木はその脇で警備、ミサリは斥候に出ている。
マンドラゴラ、人型の根っこを持つ薬草。叫び声で死ぬとか発狂するっていう話は知っている。これはモドキというから別種なのだろう、どんな鳴き声をだすだろうか、耕太はファンタジーな世界に来ていることを再度実感し、感動を覚えた。
紫色の花の周りを小さいシャベルでくり抜くと意を決して引き抜く。
『メソ、メソメソ』
予想に反して力ない、か弱い鳴き声だった。しかし、か弱いくせに音だけはそれなりに大きい。それに人型といっても奇形の人参、大根みたいな雰囲気だった。とてもじゃないけど不気味、とまではいかない。
この薬草、メソメソと泣く。なんだか罪悪感を覚える。
それを沢山掘り出して積んでいく。メソメソ泣きの大合唱団の出来上がりだ。
こいつの鳴き声のせいでお通夜かなにかみたいな雰囲気になる。
「ねぇ、サラさん、こいつら黙らせられないの」
耕太はうんざり顔で新しい『弔問客』を引っこ抜きながら尋ねる。
「ダメだね。乾くまで泣き続ける。それによく泣いた奴の方が効くんだ」
(あーあ、いやになっちゃう)
三人で五十株も掘り出た。
そこにミサリが静かに駆け戻ってきた。顔には緊迫感がある、何があったのだろう。
「サラ、早くそいつらを転送しろ。不味いことになった」
ミサリは全員を手招きで呼び寄せると小声で伝える。
「不味い、とは」
鈴木が警戒の為に一行に背を向けたまま尋ねる。
「兵士の死体があった、装備が奪われている。落ち武者狩りだろう」
「それは剣呑だな」
鈴木は銃をまっすぐに構え、顔だけ動かし索敵する。拓斗も鈴木に倣い、鈴木と背中合わせに周辺を警戒する。
「ちょっとまって、モドキがこれだけあればどれくらい期間持つのさ」
耕太は自然と湧き出た質問をぶつける。
「この量なら一か月は持つよ、根分けで栽培もできるし。それよか撤退よ、撤退」
意外にもサラは毅然としている。
本当なら農作物用コンテナを転移してもらい、それにモドキを詰めて送り返す予定だった。
だが、今回はそんな余裕はない。
サラは急ぎこんもりと積んだモドキをそのまま事務所に送り付けた。だが転移魔導の光がまずかったのかもしれない。
「なぁ」
鈴木が何かに気が付いたらしい。
「この世界の人間で緑の肌を持つ人種はいるか」
冷静だが、緊張感のある声だ。
「いない、が。どうした」
「そいつらがこちらを伺ってる、手には……槍だな。かなり背が低い。距離五十メートル程」
「それははゴブリンだ、モンスター! 何故!戦線からは遠い筈なのに!」
ミサリは舌打ちすると同時に剣を抜く。
「連中が魔王軍の配下か。となるとさっきの落ち武者狩りはこいつらの仕業か」
鈴木がつぶやく。
「鈴木、敵は九、訂正十二。囲まれている」
緊迫した状況で拓斗は鈴木に敬語を使うのをやめた。
「拓斗、君は三体を相手してくれ。昨日の射撃を見ていたら十分な能力を持っている」
「了解」
「ミサリ、銃で相手に仕切れなった連中を相手してくれ。時間稼ぎでいい」
鈴木が指示を下す。
「承知した、攻撃のタイミングは」
「私が決める。だが妙だ、こちらを伺うだけで何もしてこない」
「もしかして」
一般人の耕太がようやく口を挟む。
「落ち武者狩りじゃなくて連中は偵察なんじゃ」
「成程、ならば俺たち現世組を見つけちまったあの連中を生きて返すにはいかない。連中が距離を詰めるまで待つ」
ゴブリンはじりじりと距離を詰めてくる。
「耕太、私がライフルを撃ちきったらそこのショットガンを渡してくれ」
鈴木の足元にはショットガンが横たえられていた。
「わかりました」
「それとエアガンでもけん制になるかもしれない。射撃の合図と同時に撃て」
「はい」
耕太もエアガンをゴブリンに向ける。
異世界に来て初めての戦闘が始まろうとしていた。
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