パワーランチwith農奴


  一行は風呂を出ると 食卓へと招かれた。先日の豪華絢爛な客室ではなく質素だが使用人用だ。大勢が一堂に集まれる広さの食堂はどこか古臭い。

 その食卓にはゴラン、数人の農民と思われる中年の女達が九十度に腰をおって立っている。

 そして数人の女中が直立不動の気を付けで部屋の隅に待機している。


「おお、イムザ様お久しぶりでございます。ご機嫌うるわすう、ご尊顔を拝すて光栄だ」

 ゴランは恭しく首を垂れたまま挨拶する。

 やはり翻訳魔導食の威力は訛りにも反映されるらしい。


「久しぶりだねゴラン。今年の税は厳しかっただろう、すまないね」

「いえ、そんなことは。むしろこの不作の時にありがたいぐらでぇ、作付けは厳しくても飢え死にはしませんで」

「そうか、これからジャガイモを耕す農民には食糧を分け与えよう、労働力がへたっていては意味が無い。これから異世界の農家、農業をもって君たちの村も救われるだろう」

 イムザはがっしりとゴランの肩をつかむ。


「今回の会食はその第一段階だ、互いに技術や品種について話し合うのだ。いいね」

 そう言うとイムザは去っていった。

 簡単に言えばこれはパワーランチという訳か。


 イムザと入れ替わりにヘルサが入室する。頭を下げようとするゴランをヘルサは押しとどめた。

「昨日の今日だ。そう気を遣わずとも良い、頭を上げよ」 

(水戸のご老公様か、あんたは)

「それよりも異世界の客人に名乗られよ、ゴラン」


「スズイシさん、こんちは。初めての方ははずめまして、ワシはゴランという村長だす」

 ゴランの訛りの翻訳はかなり適当な感じがする。

 北海道弁なのか、東北弁なのかよくわからない。

「ここにおるのはこちらの農奴でも特に収穫量の多い家の女だす、男手は皆おらんもんで」

 ゴランの言葉からは徴兵に対する不満不平は感じられない。


「コル、お前も名乗っておけ」

 ヘルサは頑張って貴族らしく振舞っているようだ。所々、繕って威張っている感じがひしひしと伝わってくる。


「私アノン家メイド、中級魔導士コルと申します。主に時間操作を得意とします」

 淡い緑色の髪をした幼げな女中がペコリとお辞儀する。確か倉田が彼女の好みとか言っていたか。

 強い男にあこがれるそういうお年頃なのかもしれない。


 このコルという娘が農業試験場の要だ。作付けから収穫まで時間が必要となる農業において時間の加速ほど有効な力はない。それに好条件の天気の日に作付けしてしまえば天候による不作を心配することもない。

 

 それに試験のために植え付けの時期を逸するのは本意ではない。今は春だ、ジャガイモの植え付けをするシーズン。

 これを逃すわけにはいかない、一方試験もしなくてはいけない。しかしジャガイモには休眠期間がある、これを打破するのは時間を短縮する彼女の魔導だ。

 彼女の役割はジャガイモの発芽、そして栽培の短縮だ。自然と彼女の役割は重くなる。


 この世界を魔王から救うのが男の腕の魅せどころなら、ここは営農指導の腕の魅せどころだ。異世界の魔導技術とこちらの現代技術を組み合わせる。

 全く異なる技術体系を組み合わせ、農業を進歩させるのだ。

 耕助は農協に勤めて二十年近くなる。だがこんな大役は初めてで、武者震いならぬ農協震いする。


「さて、我々の世界とこちらの世界では農業方法が大きく異なるのです」

 食事が並べられる前に、耕助は話を始める。

 先ずは昨日得た知識の共有だ。


「例えば我々の世界では農具は鉄でしたが……ゴランさん、こちらでは」

「金だべ。鉄はご禁制だ」

 ゴランは何をいってるのか、とでも言いたげに首をかしげる。

「でしょう、それに土を耕すのもすべて人力、そうでしたね」

「んだ、それ以外なにか方法でもあるんかい」


「おいおい、タンマ。輓馬もいないのか、あのでかい鳥で鋤を曳いたりしないのかい」

 藤井が驚く。

「んだ、フヌバはすばしっこいけども、重いものは曳けねぇ」

 ゴランはさも当然の様に言い放つ。


 そう、この世界には鋤を曳く家畜がいない。

 先ずは昨日視察してわかった情報を現世組で共有することにした。

「私達の世界からすると、何千年も前から始まっていた家畜による農耕がこちらでは行われていない」


 この世界の技術を馬鹿にされたとでも思ったのか、ヘルサがムッとした表情になる。

 が、威圧感はなくただ単に年相応の表情になりかわいらしくなっただけだ。


「逆に、こちらの最先端技術を集めても不可能だったことが、魔導では容易にできる」

 技術屋の発電所グループが食いついた、伊藤も興味深げに聞いている。

 ヘルサは魔導の価値を認められたのがうれしかったのか、ややほほ笑む。表情が豊かだ、貴族と言ってもまだ若いなと耕助は判断した。


「例えば移動魔導、物体を瞬間移動できるんですよ。私達を呼び出した様に」

 耕助はミネラルウォーターを飲み、口を潤す。

「だから、私達の持ってる技術、知識とこちらの魔導を融合させようと思うんです」


 互いの技術を交換しあうことに意義がある。現代の技術といっても万能ではない。 むしろこの世界にある魔導の方が優れていることもあるだろう。


「必要なのは手元にある技術を突き詰め合わせるボトムアップの改革です」

「確かにトップダウンじゃ細かい所を修正できないけど、ヘルサ様はどう思われますか」

 やけにへりくだった伊藤がヘルサに問う。昨日までの徴発的態度はどこへやら、何かあったのか。


「いえ、ボトムアップは大いに結構。あがけるだけあがきましょう。世界の運命がかかっているのだから」

 ヘルサのこの言葉が町長や組合長から出ていれば、S町は滅ばなかったのかもしれない。最後の最後まで、諦めずに戦えば未来はい開けたかもしれない。

(この世界だけは滅ぼさぬ)

耕助は心で誓った。

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