未来は僕らの手の中
「うーん、ジャガイモが魔導で上手くいくかはまだわからないのね。耕ちゃんさ、一回試験農場作ろうよ。小さくて構わないからさ、ジャガイモがこの世界と馴染むか試すの」
縁から降りた藤井が湯につかりながら耕助に語り掛ける。
「それ、私も考えていたんですよ。そもそも種芋を集中管理する拠点ないとダメだなって。病気や虫があるとも知れない、それに万が一失敗しても最小限の種芋は残したいです」
「バレイショは病気になったらダメだからなぁ、どこか遠くででも植えた方がいいべさ」
藤井はミネラルウォーターを飲み干した。
「イムザさん、種芋保存用の土地が欲しいのですがどこかいい場所はありますか。人里離れていて、かといって遠すぎないような所がいいのですが」
「そうですな、フヌバで半日程の所に森がありますが、そこで如何か」
フヌバは時速四十キロくらいか。距離としては申し分ない、だが森となると開墾の問題がある。
「森、ですか。あまり労力を掛けたくないのですが、開墾は大丈夫なのですか」
「スラッタ派の斬撃魔導士が切り開きます、流派としては本来の仕事ではありませんが」
「斬撃、切り刻むんですか森を。イメージは付かないのですが」
(切り刻む? 森を? 魔導とやらはそんな大技が使えるのか)
「確実にできるでしょうな、問題はありやしませんよ。腕利きがいるものでね」
「原生林を切り開くなら、その木材を送り届けてもらえないかな。発電に使いたい」
小林組の大場が首をゴリゴリと回すのをやめ、イムザに向き直る。
「木を焼いて発電してるんだ。在庫が切れたら電気自動車も動かない」
「ふむ、転移魔導でカタをつけましょう」
この世界は転移魔導に依存しているのか。 現代も空路、鉄道、自動車の輸送網があって便利な暮らしが成り立っていた。
転移魔導は現代以上の輸送網を構築していることになる。
その後は議論に手が付けられなくなった、皆自分の考えをぶつけあい始めたのだ。
特にジャガイモの育て方で百家争鳴状態になった。 やれ肥料だ、やれ農薬だ。
手持ちの資材を一気に使い種芋を増やそうという者。一方はいざという時まで残しておくべきだとか、完全有機栽培を目指すなど各人譲らない。
更には土をどう耕すか、トラクターはどこで使うか、収穫の時期はどうするか。
話は脱線気味になる。本来ならば、こうした状況は非生産的であり、リーダーの耕助にとって好ましい状況ではない。一刻も早く話をまとめなければならぬ立場である。
だが、耕助はこの状況に少なからぬ好感を持った。
かつてのS町農協の反合併運動にはどこか諦念めいた雰囲気があった。少子高齢化、過疎化という大きな流れに逆らえぬ、そんな空気だ。
徹底抗戦派の沢村ですらも、不利に立つ抗戦の意義に関してぼやくことがあった。
結局、時代には抗えなかった。 本来であれば今頃U市農協の小間使いとして暇な一日を過ごしていただろう。
そして早期依頼退職というお決まりのパターン。
郷土愛を持って札幌から農村へと舞い戻った耕助にとってこれほど悔しい事はない。
だが、今は違う。確かにここは日本じゃないし、まして耕助の知っている地球ではない。
しかし、故郷のS町は転生を遂げ、異世界の立て直し役を担っている。 祖父の代が熊笹ばかりの土地を切り開き、生み出した町だ。
耕助は簡単には捨てられない。
これは国おこしとも違う、魔王軍と戦う兵士の兵糧づくりとならば『世直し』だ。 S町が世直しをしている。
そしてそこに集う人々は熱心にその手法を語り合っている、
耕助にとってこれ程嬉しいことはなかった。
皆がそれぞれの経験と知識を持って、未来に向かって語り合っている。S町が、一つの世界を救うのだ。
かつての合併への反対運動の様な受動的な活動ではない、能動的な未来に向けた行動。 こんな光景がS町で再び見れるとは思っていなかった。
湯気が目に沁みた、耕助は天井へと顔を向けて目をつむる。
これは男泣き、そういえばそうなるのかも知れない。
「そろそろ切り上げましょう、先ずは試験農場作ってからじゃないと話は始まりませんよ」
耕助が天井を睨みつけて五分ほど経ってから切り出した。 耕助は皆の熱意あるが、無計画な会話をあえて聞き流し続けていた。
だが、そろそろそれを打ち切ってもいいだろう。
「それにお腹も減ってきた、腹が減っては何とやらですよ」
「何とやら、とはなんのことかね」
イムザが耕助に首を向ける。
「戦です、未来を切り開くための」
(ちょっとカッコつけすぎた)
耕助はその照れをざぶんと湯舟から上がり誤魔化した。
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