今さらながらの異世界冒険隊

 

 事務所の中では原井の健診が始まっていた、ウェッタが杖を取り出しトンと地面を叩く、原井を中心に魔導陣が描かれた。

「高性能CTスキャン、みたいなものかね。これっていや、凄いなこりゃ」

 椅子に座らされた原井が魔導におっかなびっくりしつつもあえて冗談を飛ばし気を落ち着かせようとしている。

 これから現代から召喚されていた降圧剤を飲んで、その効果を確かめるのだ。そしてサラがその効能のある薬草を調べる。

 つまり、魔導を使って高血圧がどういうものか理解してもらい、その成分を考察するのだ。

 

 どうせ皆歳で高血圧は抱えている、今その薬草が手に入るならそれに越したことはない。

 「どうぞ、その降圧剤とやらを飲んでくださいな」

 ウェッタは落ち着いた声で原井を促す。

 薬を飲んだ原井を中心に六芒星じみた模様の魔導陣がボワァと青白く光る。だが、ヘルサと違いそこまで仰々しくない、あくまで静かな音だった。


「これってどれくらい時間かかるのさ」

 原井が魔方陣に照らされながらウェッタに問いかける。口を動かしていないと安心できない、そんな様子にも見える。当然だ、謎の原理で体の中を調べられているのだから。

「薬の種類にもよりますな、効果が遅い薬なら薬ならそれなりに」

 ウェッタは魔方陣を眺めながら答える。

「だけども私の魔方陣はとっておきでね、少しばかり薬剤の効果ってのが早めに出る特徴がある。だからまぁ十分もあれば効果が出始めるかと思うよ」


「師匠のその特性があるから私めの薬草学が生きるというものです」

 サラは得意げに豊満な胸を張る。

「そうそう、ワシらは名コンビ。どんな病気でもパチンと当たる薬が直ぐわかる。慢性的な病気なんかにも直ぐ効果が出るからね、アノン家お抱えだから時々貴族様の駆け込み寺代わりにもなったりして」

 ウェッタは魔方陣から目を反らさず、しかし自信を持って答えた。


「あい、終わりです、楽にしてください」

 ウェッタの口調は現代のMRI技師のそれと全く同じだった。

「こっちの世界だと、『貧乏貴族症』って言われる病気ですな。ちゃんと治療法もあるんだな」

 ウェッタは笑いかけるが、原井は少し怒り気味だった。

「なんだよ、貧乏ってぇのは。なんかバカにされた感じがあるべ」

「はい、原井のおっさんストップ、脳溢血で死ぬよ」

 マダムがお茶を原井に渡した。


「こいつは失礼、言ってしまうと食べ過ぎですな、特に塩分。高級貴族、特にアノン家のような大貴族となるとワシのような侍医が居て食事に気を配りますが、新興貴族はそこらへん無節操でねぇ。それに侍医も雇えない、でも見栄えは保ちたい、だからパーティに出ちゃう。そして皆早死にするんですわ。しかし、貴方は塩のとりすぎのようですな」

「貧乏でも貴族でもないしな、今じゃ生活習慣病っていって日本人の大敵だ」

「生活習慣病って何ですな、すこし興味が。どんな病なんです」

 今度はウェッタが食いついた。

「今度家にある健康本をお送りしますよ。あ、そちらさんは日本語読めないのか」

「実に興味深い。その生活習慣病とやらの項目だけでもちと読んで聞かせてくだされば。なかなか知識欲が刺激される」


 いつの間にかJA異世界支店が健康サロンになっている。

「それで、『貧乏貴族症』に効く薬草か、魔導はあるんだべ」

 原井がようやく話の本筋に気が付いた。

「貧乏貴族症に効く野草の群生地がここから三日ほど歩いた先にあるんじゃよ。場所はサラが知ってるのう、ほれ、なんとかモドキ。あれあれ。イムザ様に人を出してもらおうか」

「ええ、マンドラゴラモドキがあった筈。あれが特効薬って訳で。家中の者を向かわせましょう」


「そうですね、そうしてもらいましょ――」

 耕助が答えようとした矢先だった。

「いや、私も同行したい」

 ハンターの鈴木が割って入る、彼はライフルを手入れしている最中であった。


「どうしてまた、危険があるかもしれないですよ」

 倉田がはっきり止めるでもなく、だが厳しく詰問する。

「知ってますか、アマゾンの密林やらで新しい薬効植物を発見すると膨大な金が支払われるって。製薬会社からの報奨金みたいなものです、私はそれを期待している」

「まるで現世への帰還が前提みたいじゃないですか、そんなに現代に帰れる確信がであると」

 倉田はより一層言葉に力をこめる。

「イムザさんから話を聞いた限りじゃ元の世界に戻る方法があるんでしょう、それに戻れないにしてもこの薬草は今後必要になる、違いますか」


「確かに言ってることは正論だけど、鈴木さん、イムザさんは成功の暁には大量の金を渡すそうなんですよ。薬草一つでそこまでがめつく必要ありますか」

「もしかしたら純金じゃなくて、あくまで似ている金属の可能性もある。我々に鑑定士がいるわけではない。真贋の区別がつきませんよ。それに未知の薬草ならDNA検査なんかで我々が全くの異世界に飛ばされた証明になるでしょう」

 確かに、耕助達が異世界にいたという証明は必要になるかもしれない。現世の日本で、耕助たちがどう報じられているかは不明だ。


「それに出所不明の大量の金塊を手にしたとして、下手したら密輸者扱いですよ何かと証明は必要かと」

 鈴木は持論を展開する、聞いてみれば確かにその通りである。

 そういえば、異世界に飛ばされている間の時間経過やS町はどうなっているんだろう。

「わかりました、それじゃ探検隊を結成します。場所を知っているサラさん、鈴木さん、あとは…… 」


 薬草探索に割り振る人員はどうするべきか。農家組はこれから種まきだ、割きたくない。

 警備要員、つまり倉田、渡は手元に置いておきたい。だが、鈴木一人で探検隊の護衛は厳しいだろう。


「私は拓斗君に同行してもらいたいんだが、どうかな」

 鈴木は眼鏡を手で押し上げ、拓斗を見やる。

「私としてはこっちの警備要員として残留してもらいたいんですが」

 耕助は鈴木の真意を測るべく、彼をじっと見つめる。

「現状、拓斗君は猟銃を扱ったことがない。今回の旅の途中で射撃訓練をしようと思ってね、それに薬草をとるって言っても一筋縄じゃないでしょう、若くて体力がある方がいい」

「確かにおっしゃる通りか……なら拓斗君、行ってくれるかい」

「自分は問題ありません」

 端的で、力強い返答が返ってきた。


(あとはこっちの世界の水先案内人が必要だ、ジュセリに頼んでみるか)

 彼女は農村から事務所まで耕助達を先導した後、事務所の外で待機している。ちなみにヘルサは『御休み』のお時間であらせられるそうで、早めに帰宅した。

「ジュセリさん、ちょっといいですかー」

「どうした、スズイシ殿」

 鎧をガチャガチャと鳴らしながらジュセリが入室する。

「あのですね、薬草を取りにいかねばならないのですが、その護衛をお願いしたいのですが」


「私でなくてはダメか、ヘルサ様の直属騎士であるからあまり離れたくはないのだが」

 ジュセリは顔をかなりしかめる、まるで別人みたいだ。

「ええ、我々とコミュニケーションをとった人間がいいのです。できればジュセリさんがいいのですが」

「では明日、ヘルサ様にお伺いを立てるがお許しは出るまい。ミサリという代役を立てる」

 まぁ、ジュセリなりの立場もあるのだろう、仕方がないか。

「ありがとうございます」

 鈴石は一礼すると、ヘルサも会釈し踵を返す。


 さて、ナビゲーターに護衛が二人そろった、あとは誰を差し向けるか……。

 薬草を集めるの単純作業だろう、となれば今ここで必要ではない人間から選ぶか。答えは一人しかいなかった。

 よし、ここは一つ異世界教育としよう、ゲームや漫画と現実は違うことを教えてやらねば。


「おい、耕太お前も薬草取りに行ってこい」

「そうこなくっちゃ、父さん」

 珍しく耕太が労働を受け入れている、何か違和感が……。

(いや違う、こいつは労働しに行く気なんてさらさらない、冒険の旅とはき違えている!)

 だが、耕助は考え直す。

(まぁ、いいか。薬草集め、苦労するのもひとつクスリになろうだろう)


「あらご一緒してくださるの、アタイうれしいよ」

 サラは事務椅子に座ってる耕太の手を握る。色気のある顔立ちと豊かなバストを前に耕太はタジタジになっている。

 

 そうだ、この女中耕太のようなダメ年下が好きだといっていた。

(あーあ、やっちまった、父さんももう知らんぞ)

 耕助は自分の人選ミスを棚に上げ、頭に手を当て天を仰いだ。

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