食リポ! ~女子高校生 早乙女日菜子の閑古鳥が鳴くお店復興ぷろじぇくと~

HAL

第1章「とある商店街のスイーツ編」

桐谷和菓子本舗編

桐谷和菓子本舗 ずっしりあんこの大粒豆大福①

 家庭科部に所属する高校二年生の早乙女日菜子さおとめひなこは、地元から少し離れたところにあるお店に調理道具を買いに来ていた。

 目的のものを買えたまでは良い。

 しかし、いざ帰ろうと乗ったバスがどうやら行くべき方向とは逆だったようで、慌てて飛び降りたのだ。


「う~ん、乗るバスを間違えちゃったかなー」


 あまり良く知らない地域のバスほど恐ろしいものはない。だってどこに連れて行かれるのか分からないから。

 そろそろ街灯が灯り始めるような今は、特に……。


 日菜子は降車する際バスの運転手に事情を話すと、その先の商店街を抜ければ目的地までのバスがあると教えてくれた。


(って、ここが商店街……?)


 どこからがお店で、どこまでがお店なのかも分からない。

 しかも商店街を抜ければと言う曖昧な表現のおかげで、日菜子は再び彷徨うことになる。


(ずいぶんと寂しいわね)


 と言うのも、シャッターが閉まっているお店がほとんどだからだ。

 さらには人っ子ひとりの気配もない。

 いったいどうしたものか……と思ったそのとき、どこからかかすかに漂ってくる甘い匂いが日菜子の嗅覚と食欲を刺激した。


桐谷本舗きりたにほんぽ。ここは和菓子……のお店かな?)


 しんみりとした雰囲気の商店街にぽつんと灯る軒下の明かり。

 ほっと胸を撫で下ろした日菜子はおずおずとそのお店に入って行く。ちょっとここで聞いてみよう。


「こんにち……いや、こんばんは」


 古めの外見とは打って変わって、店内は小奇麗で小さくまとまった印象だ。

 そして面前に広がるショーケースには色とりどりの宝石のような和菓子が所狭しと並べられ、出番を今か今かと待っているように見える。


「いらっしゃ――!」


 程なく、奥から出てきた店主と思われる白髪混じりの男性が、張り上げた声を途中で強引に切った。

 制服姿の日菜子を見て、どうやら客としてやってきたわけじゃないことを察したようだ。


「あの、突然すみません。私、道をお聞きしたくて……」


 店主は小さくため息をついたあと、応対してくれる。


「ここって商店街……なんですよね? それにしてはちょっと寂しい気が」

「前は賑わってたんだよ。でも、少し離れたところに新しい商業施設ができて客を根こそぎ取られちまったんだ」

 高齢化も進んで後継者もいないから、ここら辺の商売人はこぞって店を畳んでしまったと店主は続けた。

「営業時間も短くなっちまった。今なんてまだ……18時30分だろ? これからが夜の稼ぎ時だってのに、何とか営業を続けてる他の店も皆シャッターを閉めちまってる。ま、うちももうそろそろ閉めようと思ってたんだがね」

「じゃあ、この和菓子は……」

「残念だが、捨て……だな」

「そんな! もったいない!」

「和菓子は日持ちがしないからなぁ。しょうがないさ」

 しょうがないと言いつつも、店主はどこか腑に落ちない顔をしている。

 日菜子もつられて視線を移すと、和菓子の出来栄えは元より、ショーケース自体もピカピカに磨かれていることに気が付いた。

「もちろん、衛生面には特別気を遣っているんだ。埃ひとつ落ちてないだろ?」

「たしかに、店内のいたるところも清掃が行き届いてる感じ……」

「食品を取り扱っている以上、商品にも店内にも手抜きはできない。ま、みっともない白髪が増えるのはどうしようもないがね」

 店主は後頭部を押さえながら自嘲するように言った。

「宣伝とかしないんですか? 広告を出したり、テレビCMを打ったり……」

「そうしたいのもやまやまだけど、毎日赤字を垂れ流してる以上、難しい問題だな」

「でも……」


 日菜子の脳裏に、先日見た今や節分の定番となっている恵方巻きが大量廃棄される映像が浮かび、それらが目の前の和菓子たちにもリンクする。

 捨てるのはたしかにもったいない。でも、作らなきゃ売り上げが確保できない。しかし、お客が来ずに捨てる羽目になる。

 結果、残るのは赤字と大量の食品ロス。まさに負のスパイラルであった。


「今日はもうお客は来ないだろう。これも何かの縁だ。わしの渾身の一品、食べてみてくれないか」


 難しい顔で唸り続ける日菜子を見かね、店主はそんなことを切り出した。


「ほ、本当ですか……!?」

「ああ。食べて是非感想を聞かせて欲しい」


 程なく、ショーケースから取り出される白い宝石……もとい、大粒豆大福。

 手に取ってみると、まるでリンゴを持っているかのようなずっしりとした重みにまず驚いた。

 そのままの流れで、日菜子は豆大福を口に運ぶ。


 はむっ。


「……!?」


 もぐもぐ。


 中にはこしあんがこれでもかとたっぷり詰まってた。

 にもかかわらず、甘さが全然しつこくない。

 きっとそれは、表面の求肥に練り込まれた大粒豆の塩味えんみが要因だろう。

 甘みの中に塩味が存在することで、あんこ本来の持つ甘みの輪郭をさらに際立たせているのだ。


 しっとりとした求肥の食感。

 舌の上で蕩けるあんこの上品さ。

 そこへ存在感のある大粒豆の噛み応えが三位一体となって、口内で美しいハーモニーを奏でる。


 単純に美味しい。これなら何個でも食べられそうだ。


「口の周りが白くなってらぁ! そんなに夢中で頬張ったのか?」


 餅とり粉で唇が白くなった日菜子を見て、店主の表情が若干明るくなったような気がする。


「あ、すみません。あまりに美味しくて……」


 たしかに日菜子は、周りの友達からいつも美味しそうに食べるねって言われている。

 それがこの人にも伝わったようだ。


「わしは桐谷和菓子本舗の四代目、桐谷哲次きりたにてつじ。お前さんは?」

「早乙女日菜子です」

「日菜子ちゃんか。ああ、君のような若い子が、わしの和菓子を同じ世代の子たちに伝えてくれたら良いんだがなぁ……」


(伝える……?)


 何気なく哲次が漏らしたその言葉に、日菜子は閃いた。


(食リポをしているところを動画で撮って、動画共有サイトで宣伝してみたらどうだろう?)


 ビデオカメラはスマートフォンで代用できるし、人員も家庭科部の面子を集めれば事足りる。

 悩みの種であった宣伝費も、日菜子たちが手弁当で働けば実質ゼロにできる――。


 そんな提案を話すと一瞬目を輝かせた哲次だったが、すぐに肩を落とす。


「ありがたい話だけど、君にそこまでしてもらうわけには……」

「お願いします。ぜひお手伝いさせて頂けませんか? こんなに美味しい和菓子、ショーケースに入れられたままなんてかわいそうです!」

「しかし……」

「昨今問題になっている食品ロス。ご存知ですよね?」

「たしかに。でも……」

「それに、和菓子って実は洋菓子よりもずっとヘルシーな食べ物なんですよね? これって、今どきの若い子たちには結構重要な項目だと思うんです」

「そうか、カロリーか!」

 まさに盲点と言った感じで、哲次はポンと手のひらを叩く。

「まずは若い子たちをターゲットに囲めば、自然とその子たちの親御さんにも話が届きます。いずれはさらにその次の世代にも……」

「ははっ。そんなにうまくいくものかねぇ」

「それはやってみなければ分かりません。でも、やってみなければ結果も出ません」

「……」

 日菜子の力強い視線に、哲次は一拍置いてから答えた。

「まぁ、うちも正直藁をも掴みたいところまで来ていることも事実だ。もし、君さえ良ければ……」

「本当ですか!? では、次の日曜日にまたお邪魔しても良いですか? 段取りと原稿を用意してきますので!」

「お、おいおい。そんなに慌てなくても和菓子は逃げないぞ」

「鉄は熱いうちに打て。和菓子だって出来立てを食べて欲しいはずです」

「ふぅ。まったく若い子のバイタリティにはかなわんな。じゃあ、原稿とやらの参考に、他の和菓子も持って行ってくれ」


 哲次は小さく微笑むと、豆大福の他にまんじゅうや水ようかんをどっさり持たせてくれた。


「あ、ありがとうございます。しかもこんなにたくさん……」

「いいんだよ。じゃあ次の日曜日、わしも楽しみにしてるから」

「は、はい! では失礼します」

「もう夜も遅いから気を付けて帰りなよ」

「はい!」


 片手に調理道具の入った袋、もう片方には和菓子の詰まった紙袋を抱え、日菜子は重さとは裏腹な軽めのステップを踏んで桐谷和菓子本舗を後にした――。

 はずだったのだが。


「どうした?」


 再び店内におずおずと舞い戻ってきた日菜子に、哲次は疑問を掲げる。


「あのぅ。駅まで向かうバスのバス停ってどこにあるんでしょうか?」


 本来の目的を聞いて、店内にしばし笑いの華が咲くのであった――。

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