74限目 戦いのあと

「カンパーイ!」


 視聴覚室内は換気に満ちている。

 普段俺のPCがある長テーブルには、代わりに宅配ピザが並んでいたる。


 生徒達と俺、そして駆けつけた校長と石橋先生は、紙コップに注いだ炭酸飲料で祝杯を挙げていた。


「さぁ、遠慮なく食べ給え」


 眼光鋭くおとこを見せているのは、ご愛嬌、校長先生である。これら豪華なディナーは校長先生が自前で用意してくれたものだ。校内に宅配ピザを躊躇ちゅうちょなく頼むという破天荒さが、さすがである。紙コップなのにそれがワイングラスのように高級に見えるのも、さすがだ。


「櫻井さん。本当におめでとう。先生、嬉しくて……」


「石橋せんせぇ」


 心に傷を追った生徒と、その担任。そんな微妙な関係が続いていた二人だったが、それも進展したらしい。美月はまるで母親に甘えるように、石橋先生のその胸へと顔を埋めて抱きついていた。まったく、羨ましい。


「微笑ましい光景じゃないか」


 いつの間にか側に来ていた校長が、耳打ちする。

 近い。

 

「そう、ですね」


 確かに微笑ましい光景だ。ふくよかな感触を味わうように顔をうずめる美月の表情は、幸福そのものだ。初めてあったときのようなけんの鋭さは、微塵もない。もう彼女は大丈夫だろう。心配ない。

 どちらかといえば、石橋先生のブラウスのボタンが吹き飛ばないか心配だが。


「ありがとうございます。校長のご理解とご助力があったからこそ、実現しました」


 俺は社会人として、上長に感謝の念を示した。


「全く、何を言うんだ、斉藤君」


 校長のメガネが光る。


「頑張ったのは彼らだ。成果をだしたのも。我々はその後押しをしたに過ぎない。本当はわかっているんだろう。そういう気を回さなくていい。今はただ、教育者として、彼らの成長を喜ぼうじゃないか」


 校長の目線の先には、生徒達の笑顔があった。屈託のない笑顔に、思わずこちらまで笑ってしまいそうになる。


「はい」


 彼らは度重なる窮地を、協力によって切り抜けた。それぞれの短所を補い、長所を伸ばし、懸命に戦った。


 確かにゲームスキルは他の連中に及ばなかったかも知れない。

 

 だが、彼らのチームワークは、それらを超えたのだ。自分たちで工夫して、作戦を練って、勝利を掴んだのだ。それは俺の想像をも、超えていた。


 それは彼らにとって、初めての経験だっただろう。

 それは、彼らを強くする。それは、彼らの人生を鮮やかに彩るだろう。


 ゲームは、人生を豊かにする。


 俺はその瞬間に立ち会ったのだ。


「センセ!」


 美月が俺に手を振る。あの生意気な目が、語りかけている。


(ねぇセンセ。私のこと、ちゃんと見ててくれた?)


 だから俺も、手を振って、その目に答えたのだ。


(ああ、見てたよ。そして、これからも)


 当たり前だろう?


 なんたって、俺は―――

 ―――お前たちの先生(ゲームティーチャー)なんだからな。






 番組が終了した後、選手プロフィールに走らせていたその目が、止まった。それは、白鷲高校のゲーム部顧問の名前が記された所だった。


 プロは声をだして笑った。周囲のスタッフ達が気味悪がるのも気に留めずに。


「そうか。お前か。そうやって、この世界に関わっていくのか。面白い、面白いじゃないか」


 そうしてプロはもう一度、参加生徒のプロフィール写真を眺めている。


「昔のお前にそっくりじゃないか。なぁ、斉藤」


 邪悪な思想で心が踊るなんて、何年ぶりだろうか。こんな良いニュースが他にあるか? 間違いなく、今日はいい日だ。これからのことが楽しみでしょうがない。


 プロは席を立った。その衝撃でネームプレートが床に転がったが、プロはそのまま立ち去った。ネームプレートには、TAKと書かれていた。

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ゲームティーチャー「斉藤太」の鬼畜プロゲーマー調教講座 ゆあん @ewan

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