73限目 許せないもの

 リーダーは勝利を目前に、笑い出すのを堪えるのに必至だった。


 作戦はこうだ。自分を残した他のメンバーが反対側に銃弾の雨を振らせ、壊滅、または足止めする。一人戦闘に参加しない自分だけが、この岩肌のえぐれた安全地帯に待機する。安全エリアの縮小が始まり、その奇襲を持ち堪えたとしても、残った相手はこちら側に来ることは叶わない。俺は一人、この場所で待機すれば、最後の一人となる。

 それはつまり、約束された勝利だった。最後に一人でも生き残った側が予選を通過できる、G甲子園ルールを最大限に活かした策だった。


 射撃音は鳴り止み、静寂が訪れている。残存人数は自分を含めた二人。後は相手のHPが安全エリア外ダメージで削られるのを待つだけ。それも数秒だ。次に聞こえるのは、勝利のアナウンスだ。


 ―――のはずだった。


 静寂の中、聞こえたのは、何かが投げ込まれた音だった。直後、大量の煙が視界を覆う。


 これは、スモークグレネード!? 

 そんなバカな! 


 視界はゼロ。目前の岩肌すら視認することは叶わず、最早、自分がどの辺りまで移動できるのかすらも分からない。

 なぜだ。安全エリアはもうほとんど残っていないという言うのに。


 敵はどこにいるんだ! 

 上か? 

 登ってきたのか? 

 

 ちくしょう、見えやしない!


「……あたし、あんたみたいな人が一番嫌い」


 女の子の声!? 


 馬鹿な、この戦闘の最中にオープンチャットだと? 音で場所が解ってしまうじゃないか。その方向にショットガンをこうして! お見舞いすればほら……。あれ、当たらない?


「自分だけ影でコソコソして、相手に勝ったつもりでいる。仲間を犠牲にする作戦を受け入れるなんて、卑怯者」


 声はすぐ近くから聞こえるのに、そこにショットガンを撃っても、当たらない。手応えがない。実際に、勝利のアナウンスも無い、残存人数も減らない。


「自分は苦しまず、相手を苦しめようとする。もしかしたら、苦しめている自覚すら無いのかもね。最悪」


 この闘いの最中に、相手に説教とは、恐れ入る。これだから、女は甘いんだ。ほら、そうこうしているうちに煙が薄まっていくぞ。そのまま言いたいことを好きに言っていればいい。姿が晴れた時、それがお前の最後だ。


「知ってた? ゲームってのはね、実力が全てなんだって。男も女も関係ない。合法的に女が男をボッコボコにできるんだよ。わかりやすくていいよね」


 今更何を言ってるんだ。どんな物事だってそうだろう? 強いヤツが勝つんだ。だから俺が勝つ。ほら、煙が晴れたぞ! 丸見えだ! じゃあな、バカ女!


 ―――いない?


「―――だからその体に教えてあげるよ。手も足も出ない恐怖ってやつを」


 上!?


「舐めるなぁあああ!」


 岩上から顔を出す女に向かって放ったショットガンは空を割った。岩を蹴り飛ばし上空を舞う相手に必死にエイムを合わせる。


「ちょこまかと動きやがって……ガッ!」


 ガァオン!


 直後、俺の体に数多の銃弾がめり込んでいく。


「 あの体勢から射撃!?……っく!」


 よろめいた俺の体に、いくつもの弾丸が撃ち込まれていく。全て急所をはずしたカス当たり。だが、俺のHPはどんどん減っていく。


 ……このまま撃ち込まれ続ければ、死ぬ。


「うわあああああっ!」


 俺は走った。目の前には危険エリアがある。でも関係ない。

 逃げなければ。ここから早く、逃げなければ。

 何としても生き残らなければ。

 でなければ、仲間を犠牲にした意味が―――


「!?」


 直後、ショットガンの音が大音量で鳴り響いた。それは俺のものではなかった。

 気がついた時には、俺のキャラクターは地面に倒れ込んでいた。






「――バトルロイヤル終了。G甲子園の予選を終了します」


 その瞬間、教室が割れるような歓喜で包まれた。


「美月ちゃん!!」


「っしゃー!!!!」


「美月さん!!!」


 三人はヘッドセットを投げ捨てるようにして外し、美月の元に駆け寄り、抱きついた。


「ちょっとみんな! 痛い、痛い!」


 美月の画面には、残存人数一と、勝利を示す文言が映し出されていた。そのHPは視認できないほどに減少し、瀕死を示す赤いエフェクトフィルターが掛かっていた。


 その様子を、全国中継のモニターは捉えていた。勝利の瞬間、ヘッドセットを外し視界から消えていく灯里の様子がワイプで抜かれている。


 俺は方針状態だった。この試合を見守っていた、実況者とプロも、同じだった。

 勝利が確定した瞬間はその緊張感からの開放から相当な盛り上がりを見せていたが、すぐに息が切れた。常軌を逸したそのプレイに、毒気を抜かれていた。


「……なんということでしょうか。いや、言葉になりません。アナウンサーとしての実況人生において、こんな展開を目にする日が来るとは、思いませんでした。圧倒的不利な状況を覆し、勝利を掴んだのは、白鷲高校。そしてその切符を手にするべく撃鉄を引いたのは、櫻井美月選手、同校一年生。いやぁ、素晴らしい展開でしたね」


 画面には勝利が決したその瞬間が何度かリプレイされたあと、少し前の時間からのリプレイが表示されていた。美月達のチームがグレネードを放り込まれた所から、ハイライトされている。それを見ながら、プロが解説する。


「はい。まさかの展開でした。勝利を決めた櫻井選手ですが、ここを見て下さい」


 美月のプレイ画面が表示されている。グレネードが投げ込まれた直後、彼女は何かを連続して飲んでいる。


「グレネードを投げ込まれた直後ですね。メンバーが応戦体制を整える中、彼女が飲んでいるのは、HPの時間回復効果を得られるエネルギードリンクです」


「本当ですね。しかし、エネルギードリンクでは、銃撃をしのぎ切ることはできませんよね」


「そうなのです。本来なら、応戦するのがセオリーです。しかし直後、ほら、見て下さい」


 直後、チーム付近にスモークグレネードが投げ込まれる。視界の悪い中、彼女は匍匐前進を始めた。方角は、灯里達が応戦した反対側の、安全エリア外だ。


「これは本当に驚かされましたね。自分から安全エリア外に出ていくなど、あるのですか」


「通常は思いつかないでしょう。ですが、彼女は違った。そしてこのプレイです」


 地形は恐竜岩を中心にわずかに隆起している。この高低差の影響で、安全エリアの淵まで行って姿勢を低くすれば、その姿は視認しにくくなる。


 美月は匍匐前進のまま、恐竜岩の外周をなぞるように移動していた。時には安全エリアの外に出ながらも、エネルギードリンクの自然回復量と、度々使用するHP回復キットで耐えながら、延々と、匍匐前進を続けていた。


 ――そして、たどり着いたのだ。敵の陣営に。


「そしてスモークグレネードです」


 美月は岩陰に潜むようにしながら、それを転がせた。姿勢を低くして勝利を待ちわびる敵が、あっという間に煙に包まれていく。


「彼女の武器はショットガンでした。しかし彼女のHPはほとんど無い。反撃されれば負けは確定です。だから彼女は、グレネードを使って、必中の距離まで近づいています。その間も、匍匐前進で」


「なんと素晴らしい集中力と心臓なのでしょうか。そして、その背中へ一撃。こんなプレイがありえるのでしょうか」


「驚きました。この執念。そして勇気。もはや、狂気としか思えません」


「FPSの狂気が、今まさに誕生しました。プロも驚く戦法を駆使して勝利したのは、白鷲高校の若き女神、櫻井美月選手。果たしてそれは、正義か悪か。本戦での闘いが今から楽しみです」


 そうして、全国初のG甲子園予選中継放送は終了した。

 画面には、「G甲子園東京地区予選大会 予選通過 白鷲高校ゲーム部」と映し出されていた。

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