71限目 理論派の神頼み

 遮蔽物が多いこの森では、狙撃は事実上封印される。


 狙撃が行えないということは、狙撃手のできることは殆どないということになる。

 狙撃手がいるチームにおいて森に踏み入るということは、メンバー一人を失った状態を許容するのと同義だ。

 

 それは、チームワークを否定する行為に他ならない。


「そして今はG甲子園の予選。私たち学生にとっての本番です。生き残ったチームがそれぞれ実力で生き残っているのだとすれば、分隊構成も意識しているはず」


 全てのプレイヤーが全てにおいて得意な訳では無い。それぞれの得意分野で勝負した方が勝率が高いのは自明の理だ。


 PSBRではメインの武器を二本まで持つことができる。近距離用クロスレンジ遠距離用ロングレンジを持ち歩けば、なるほど確かにどんな距離レンジにも対応できるだろう。


 だが、ことバトルロイヤル系ゲームにおいて、毎回それだけの武器を用意できるかは保障されていない。なぜなら、全てのアイテムはランダムドロップだからだ。


 分隊四人、合計八本の武器を拡張強化部品まで合わせてフルで用意する。さらに連続戦闘でも弾切れしないだけの十分な弾薬を確保し、その上回復アイテムを全員に分配。そんな事が毎回許されるほど、この最後の一人の座を争うラストマン・スタンディングゲームの設計は甘くない。


 少ない物資を平たく分散すれば、誰かが中途半端な装備になる。

 実力と状況が拮抗きっこうした撃ち合いなら、武器の仕上がりの差で、撃ち負けることになるのだ。


 だから、専門武器を用意しておく。それが得意なヤツに、優先的に配備する。そのレンジで誰も負けないような要素が分隊に一つでもあれば、それを強みとして作戦を立て、立ち回ることができるからだ。


 大会という舞台なら、なおさらだ。あらゆる事態に対応できるように繰り返し練習してきたからこそ、分隊での動きという重要性を身に染みて感じているはずだ。

 

 そんな状況で、狙撃手を設定しないということが在り得るのか。狙撃手を設定しなければ、遠距離戦闘で一方的にまとにされる。この大会において、それは勇敢を通り越して無謀な選択だ。生き残りたいなら、少しでもその可能性を高めたいなら、狙撃手はなんとしても欲しい。


 そうして、狙撃手を一名配置するスタンダードが出来上がる。


そして、そんな部隊にこそ、この森は鬼門となる。簡単には、踏み入れられない。

 

「だから、この場所には誰も居なかったんです。潜んでいるのだとすれば、もっとチームワークも取りやすく、さらに待ち伏せにも適している場所……例えば、あの北西の市街地」


 悠珠がマップにピンを立てた。この森より西、マップ中央から見れば北西に位置する、大人気の戦闘スポットだ。背の高い建物が立ち並び、


「その内、戦闘が始まると思います。我々は次の安全地帯の縮小がこの近辺であることを祈るだけです」


 ちょうどその時だった。マップアイコンが点滅し、次の安全エリアが表示された。


「はずれか」


 琢磨の声を合図に、全員が立ち上がった。安全エリア予告サークルは、を指していた。


「よりによって中央ですか」


「むしろチャンスじゃない?」


 残念がる悠珠をよそに、美月は楽天的だ。何を言って、と良いたそうな悠珠に、美月が続ける。


「こっちは狙撃できる人が二人もいるよ。高倍率スコープもあるし、狙撃戦なら、負けないんじゃない?」


「ですが美月さん。その場合、あなたは何もできない、ですよ」


「あ」


 美月はショットガンとサブマシンガンしか持っていない。ショットガンの有効射程距離はせいぜい五十メートル。サブマシンガンはそもそも室内制圧を想定した武器だ。二○○メートル越えの遠距離狙撃が現実的な本ゲームにおいて、この二種類でそれを向かい撃つのは、自殺行為に等しい。


「そ、そんときは、悠珠、よろしく!」


 美月のキャラクターは誰よりも最初に駆け出した。


「はぁ。あなたって人は……」


「でも、うちも賛成」


 灯里が続ける。


「ここまで勝ち続けているんだし、美月ちゃんの言う通り、決して不利じゃないよ。それに、うちは悠珠ちゃんの腕を信じてるしね」


「おいおい、僕を忘れてないかな。これでも、この中では神埼さんの次くらいには、狙撃が得意な自信があるよ。三倍スコープも手に入れたし、次は、逃がしたりはしないよ」


「た、たっくんはその……」


 聴いているこちらが恥ずかしくなるようなやり取りだった。悠珠もやれやれと言った様子で、鼻を鳴らしている。


「早く行こっ! 安全エリア、狭まっちゃうよ!」


 随分と先まで進んでいた美月が、こちらに振り返った。三人も、弾けるようにして駆け出す。


「そうですね。無事にこのまま有利なポジションを取れるといいのですが……」


 悠珠は一人こぼした。できれば、圧倒的な有利状況で、最終戦闘を迎えたい。


「神様。あなたが本当にいるなら、最後くらい、いいじゃないですか」


 その言葉はとても小さく、ほかの誰も聞こえはしなかった。

 そしてそれは、神も同じだった。



「銃声!?」



 琢磨はとっさにキルログアイコンに目を移した。人数が一人、減っている。


「まただよ! 結構遠い。あっちのほう!」


 美月がマップにアイコンを出す。進行方向の遥か先、場所は市街地の端っこだ。


「始まったか!」


「悠珠ちゃん、予想があたったみたい」


 そしてまた一人、人数が減少した。残り、十人。


「ええ。そして、この戦いで生き残った方が、私達の最後の敵となります。できれば、少しでも数が減っていてくれたら助かるのですが」


 その後も人数が減り、銃声は残存人数が八を示したところで、止まった。

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