315帖 静かな夜
『今は昔、広く
ミライを愛おしく思う気持ちと、これから一緒に日本へ行ける、ずっと一緒に居られると思うと嬉しくなってくる。僕は飛び跳ねたくなる気持ちを抑え、バスルームへ向かうミライを追った。
バスルームは薄暗い照明で、でも落ち着いた感じのするいい雰囲気。
まずバスタブにお湯を張る。円形の浴槽はそんなに深くないし、直ぐにいっぱいになりそう。よく見るとタイルの間の所々に金属の穴があって、もしかしたら泡でも出るんとちゃうやろかと思た。
そやしバスルームを出て、スイッチが並んでる所のボタンを適当に押してみる。すると浴槽の方から、「ゴーっ」という音と共にミライの歓喜の声が響いてくる。
「見て見て、おにちゃん! 泡が出てるよ」
「やっぱりそうか。それはジェットバスや」
まだお湯が溜まりきってないし、カニが泡を吹いてるみたいや。そやけど浴槽の中にも照明があっていい雰囲気になりそう。
ああ、なんちゅう贅沢や!
「面白いね。泉みたいだよ」
「ああ、なるほど」
お湯が溜まってくると、下から水が湧き出てるみたいに見える。
「それじゃ入りましょう」
と言うてミライはバスルームを出て、服を脱ぎだす。
さっきの洋服屋では、あんだけ素足を出すんを恥ずかしがってたのに、部屋の中というか僕の前では平気で肌を曝け出す。そのへんのミライの感覚は不思議で理解出来へんなぁ。
ミライの白い肌が露わになると、僕も慌てて服を脱いだ。
ミライはシャワーを簡単に浴びて浴槽へ入る。
「うわー、面白い」
と、キャッキャ言うて泳ぐ真似をして遊んでる。
元気やなぁ。
僕もシャワーを浴びて浴槽に入り、手足を伸ばしてくつろいだ。ちょっとお湯が熱めやったしお湯を止めて水を足す。
その間もミライは、
「フワーォー、ワォー」
と言いながら浴槽を泳ぐ様にしてグルグル回ってる。僕は動き回るミライの身体を足で挟んだ。
するとスッとこっちへやって来て顔を寄せてくる。僕はミライを軽く抱きしめキスをした。ミライの身体や胸は柔らかくすべすべして心地ええ。なんと言うても、ミライの吸い付く様な潤いのある口唇の感触がなんとも言えん。僕は、心底癒やされていった。
それから暫くして、ふと目を開けると天井から星空が見えてた。なんと天井の一部がガラス張りになってるやん。
「ミライ。あれを見て」
「ええ、何?」
僕が天井を指差すと、ミライは振り返って、
「わー、空が見えるのね」
「ええなぁ。星を見ながら入れるやん」
「うん、見えるねぇ」
多分、戦闘の激化のせいで街の灯りが制限されてるし、そやし余計に星が綺麗に見えるんやろう。
それなら……。
と、僕は浴槽から出て、泡が出るスイッチと浴室の照明を消す。「ゴーッ」という音は消えて静まり、浴室は暗くなる。浴槽の中の灯りがミライの顔を照らし、更にええ雰囲気になったわ。星空もより一層よう見える。
僕はミライの横へ座る。湯船に浸かりながら肩を抱き、星空を見ながら暫しその雰囲気を堪能する。
ミライもずっと空を眺めてる。お互い何も喋らず、ただ夜空の星を眺め、時々顔を見合わせては微笑んだ。ほんまに気持ちのええ、幸せな気分に浸れた。
ゆったりと湯船に浸かってると、ふと昨日までの過酷な山越えを思い出してしもた。ほぼ不眠不休で砂漠の山を越え、砂に抗い、空腹と疲労で辛い思いをしてきた。それを考えると今は天国に居るみたいや。
「ミライ」
「はい」
「今日まで辛い思いをさせてしもて、ごめんなぁ」
「うーうん」
「そやけど、しんどかったやろ。それにお腹も空いてたやろし、砂嵐も怖かったやん?」
「そうね。でも、私は全然平気だったよ」
笑顔で言うてくれてるけど、そんな事は無いのは分かってる。そやのに、そんな風に言うてくれるミライの優しさが嬉しくて、全身がジーンと震えた。
「だって、おにちゃんとずうーっと一緒だったからね」
僕はミライを抱き寄せ、キスをして頬を擦り合わせる。更にミライをギュッと抱きしめて、今の幸せな気持ちを、感謝の気持ちを伝えた。
ミライが髪を乾かしてる間、僕は備え付けのミネラルウォーター飲んでから、バスローブのままベランダへ出てみる。
風は止んでたけど、さっきより空気は冷たくなってる。もう煙も上がってないし、消防車かパトカーの警光灯も見えへん。道路を走ってる車も無い。街は少しの灯りが見えるだけで、暗く寝静まった様に感じる。遠く郊外の方からも爆発や戦闘の音もせえへん。全てが静まり返ってた。
静かな夜。
このまま平和になってくれたらええのにと願った。戦闘の恐怖から開放され、明日、明後日と、これからずっとミライと一緒に安心して過ごしたいと思た。
そやけど朝になり、明るくなったらきっとまた戦闘が起こるやろう。そなったら、誰かが傷付き、死んでしまうかも知れん。敵でも、味方でも、一般の市民でも、もうそんな事にはなって欲しないと思う。
それと、戦闘から逃れ、この街へ来た人はどうしてんのやろと思た。家や、田畑や、仕事や、家族を失くした人々は、どう思てこの静かな夜を過ごしてるんやろう。そう思うと少し虚しくなってきた。
風呂上がりの汗も引き、火照った身体も少し冷えてきた頃にミライが僕を呼ぶ声が聞こえた。
ベッドルームへ戻ると、
「そろそろ寝ましょう」
と言うミライの顔はたいそう眠たそうや。そやし、二人でふかふかの布団の中へ潜り込む。久しぶりの柔らかいベッドに感動しつつ、僕らは抱き合って寝た。まだ少し火照ってたミライの身体は温かく、めっちゃ心地よく感じる。
その温もりを肌で感じながら、僕は深い眠りに就いた。
つづく
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