298帖 生きろ!
『今は昔、広く
「ミライ!」
と呼ぶや否や、ミライは近寄ってきて僕の胸に顔を埋める。僕はしっかりと抱きしめた。
よかった……。
激しい鼓動と荒い呼吸が伝わってくる。暫くして僕はミライの頭を両手で持って顔を上げる。
「ミライ」
「おにちゃん!」
ニコッとした顔が俄に崩れ、くしゃくしゃになって泣き出す。クルド語で何かを喚きながらまた胸に顔を埋め、今にも崩れそうになって泣きじゃくる。それをしっかり抱いて支えた。
怖かったんやろう、ミライは震えながら号泣してる。
「ミライ、怖かったなぁ」
頷いてるんかしゃくり上げてるんか分からん。
「身体は大丈夫か?」
まだ怯えてるんか言葉は返ってこうへん。
すると、また周りが明るくなる。上空から照明弾がゆっくりと落ちてくる。
ヤバい。ここは見つかるかも。
「ミライ、山の上まで走って」
と言うても、ミライは僕にしがみ付いたままで動かへん。そやし僕はミライの足と肩を持って抱きかかえ山を登り始める。そんなに早くは走れへんけど、ミライがしっかりしがみ付いてたんで急な坂でもなんとか駆け上がれた。
照明弾の光を浴びてしもた時は、今にも銃で撃たれそうな気がして、ほんまに怖かった。
無事、崖の窪みに辿り着く。そやけどそこは既にいっぱいやったし、表の岩陰にミライを降ろし、隣に僕も座る。
また少し泣いてたけど、
「ここは安全やし、大丈夫」
と言うと少し落ち着いてきたみたいや。涙を拭いて顔を上げると、
「おにちゃん。怖かったよう」
と言いながらまた僕にしがみ付いて泣いてる。
僕はミライを抱きしめ、背中を擦る。爆発音がするとミライの身体に力が入り、そして震えだす。その度に僕はミライをギュッと力を入れて抱きしめた。
暫くして5、6人のおっちゃんやおばちゃんらが一緒に登ってくる。どうやら全員避難出来たみたいや。窪みに入れへん人らは僕らの周りに座ってくる。ほんで何人かの人が僕らに声を掛けてくれた。
「そうや。ミライ、身体は大丈夫か。痛いとこは無いか?」
「うん。大丈夫よ」
元気は無いけど、しっかりした口調や。薄暗い中でよう分からんけど、ミライの身体からは出血も無いし、衣服もそんな言う程乱れてない。
それが判って僕も身体から少し力が抜けた。
大きな爆発音は減ったけど、相変わらず銃撃戦は続いてる。
風向きが変わったんか、焦げ臭い煙りと共に硝煙の匂いが漂ってくる。
そこへあの少年がやって来る。ミライと僕らの前に座るけど、
「そこは何か降ってくるかも知れんし危ないで」
と、ミライの横に座らせる。
少年はミライの事を案じてかクルド語で話し掛けてる。ミライはそれに小さな声で応えてた。
それで幾分気が紛れたかミライに笑顔が戻ってくる。僕もクルド語が話せたらと、思わず悔しくなったわ。
その後、少年のお父さんもやって来る。おっちゃんは僕の横に座り何やら話し掛けてきた。
クルド語やし何を言うてるか分からんなぁと思てたら、ミライがそれに答えてくれる。
どうやら僕らに
おっちゃんは申し訳無さそうに、
「アルビル。歩く。1日。ごめんなさい」
と知ってる英語の単語を並べて直接僕に話してくれる。多分やけど、ロバ車で行けん様になったさかい、その事も謝ってくれてるみたい。
「分かりました。歩いてアルビルへ行きます」
と言うとおっちゃんは頷いてた。
「ほんでも、おっちゃんとか村の人はどうするんや?」
という事をミライに聞いて貰う。
おっちゃん曰く、昔にもこんな事があって2日程で政府軍は居らん様になったとか。おっちゃん達はどこへも行く所が無いし、そやから戦闘が終わるまで皆でここに隠れて居るそうや。
「そやけど、
と言うたけど、おっちゃんは笑顔で「ありがとう、ありがとう」と言うだけやった。
ここの村人は、例え戦争があったとしてもこの村で暮らしてくしかないんやろか……。
そう思うと心配になってくるし、少し悲しくなってしもた。
その後おっちゃんはアルビルまでの道程を教えてくれる。地図も無いし、ミライの通訳が間に入ったさかい詳しい事は余り分からんかったけど、取り敢えず北へ向いて山を2つ越えたらアルビルの街へ行けるみたい。
それも「1日掛る」って言うてたし、僕はおっちゃんの家に置いてきた荷物が必要やと思た。
確かおっちゃんの家は広場から結構離れてる。しかも集落の裏手にあるし、なんとか見つからんと取りには行けへんやろか?
そう思て僕は立ち上がり、ミライに、
「おっちゃんの家にリュックを取りに行ってくるわ」
と告げる。
ミライは、
「大丈夫なの?」
と心配そうな顔をする。
「回り道して行ったら、なんとかなるやろ」
ほんまはまた銃弾が飛び交う様なとこへ行くのんはめっちゃ怖かったけど、平気な顔をして答えてると、そこへおっちゃんが「どないしたんや」みたいに会話に入ってくる。
ミライがその事を説明をすると、おっちゃんは僕の腕を掴んで座らせ、首を振ってる。ほんで息子である少年に何かを話してた。
少年はおっちゃんの話しが終わると立ち上がり、登ってきた方とは違うとこから山を下り、ほんで姿が見えん様になった。なんと、僕の代わりに取りに行ってくれたみたい。
「大丈夫なんですか?」
と聞いてみると、この尾根の西側には放牧地があって、そっちから獣道を辿るとどうやら家の裏手にでるらしい。そやから広場に居る敵に見つかる事は無いとか。
それでも息子さんが行ってくれた事に対して僕は感謝した。
「大変申し訳ありません。息子さんに、怪我も何も無かったらええねんけど」
「大丈夫だ。心配ない。その代り……」
おっちゃんは僕の両肩に手を置き、神妙な面持ちで、
「お前は、この子と生きろ!」
と、言われた様な気がした。
つづく
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