296帖 収容

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 そこへ少年とおっちゃんが戻って来る。窓に近づき、そこから外の様子を伺う。家の中に緊張感が漂ってきた。


 暫くして車のエンジン音が聞こえ出す。


 やっぱり来たか!


 音は次第に大きくなり、車はすぐ近くで停まった。そしてガチャガチャと音がして、人が動いてる気配がする。アラビア語らしき声も聞こえる。


 僕も窓際に行き、おっちゃんらと一緒に窓から外を覗く。


 カーキ色の軍服に銃を持った兵士が慌ただしく動いてるんが見える。これは政府軍やと直感した。


 とうとう敵が来てしもた。


 初めて目の当たりにする敵。

 恐怖よりも先に、


「これが戦争か……」


 という思いが頭に浮かぶ。もしかしたら死ぬかも知れんのに、心臓はドキドキしてるのに何故かワクワクしてる。不謹慎極まりないな。

 ほんでも次の瞬間には、


「僕は一人やない。ミライが居る。ミライを守らな……」


 とミライの事が気になって振り返る。そこにはいつの間にか奥さんがミライの傍に座り、ミライを抱きかかえてくれてた。


 僕はもう一度外を覗く。乱暴では無いけど、何人かの村人が兵士に連れられて行く姿が見えた。


 どうなるんや。殺されるんか?


 そう思うとめっちゃ怖なってきた。


 もう終わりか……。


 と思てたらドアが開き、兵士の声が聞こえる。


 来た!


 身体から一瞬にして血の気が引く。兵士の話しが終わると、少年は何も言わずゆっくりと外へ向かう。おっちゃんは奥さんに目配せしてから外へで出る。それに続く僕。その後に奥さんと奥さんに肩を抱かれたミライが続く。


 兵士に付いておっちゃんの後を歩いて行くと、さっきの広場に出る。なるべく下を向いて歩き、横目で周りの様子を見る。


 4台の軍用トラックが停まってて、トラックの後ろには迫撃砲らしきもんが繋がれてる。

 大勢の兵士は、右へ左へと慌ただしく動いてる。重機関銃やろか、家の陰に据えてカモフラージュのネットを被せてる。

 どうやら陣地の設営をしてる様や。


 僕らは広場の片隅に連れて来られた。既に十数人の村人が集められ、怯えた顔でじっと黙って座ってる。


 その後5人の村人が連れて来られ、全員で20人程の集まりになる。年老いたじいさんばあさんと、おっちゃんおばちゃんが殆ど。子どもはあの少年を入れて3人程。若い女性はミライ一人だけやった。


 そやし奥さんはミライを隠す様にして守ってくれてるんや。ほんでも、もし兵士に見つかってもてあそばれでもしたら……。


 考えただけで腹が立ってきた。そやけど今の僕には何も出来ん。だた見つからん様に祈るだけや。悔しい思いが僕の全身を駆け巡った。


 暫くすると兵士がやって来て、僕らに向かって何やら命令をしてる。村人は立ち上がり、兵士の指示で歩かされる。


 僕らはある一軒の家に閉じ込められる。

 そっと振り返ると女の人は別の家に入れられてる。男女別々に収容されたみたい。


 ミライは大丈夫やろか。見つかって無いやろか?


 状況が分からんと余計に不安が募る。


 暫くすると、慌ただしい兵士の声や足音は次第に聞こえなくなり、広場は静まり返った。


 それからどれ位時間が経ったか分からんけど、ただ座って黙ってるだけやのにやたらと喉が乾いてくる。狭い家に男だけで12、3人居る訳やし、めっちゃ暑い。

 そやのに僕は、


「おっちゃんの家を出る前に水を飲んできたら良かったわ」


 などとアホな事を考えられる位、少し落ち着いてきてる。周りの人の顔を見ると、やっぱり少し緊張感が緩んできてる様に思える。


 それから暫くすると小声で話してる声が聞こえてくる。クルド語やし分からんなぁと無視してると、隣に座ってるおじさんが僕の服を引っ張ってくる。

 顔を上げると、向かいに座ってるじいさんが僕に話し掛けてた。


 クルド語やし「何を言うてるか分かりません」みたいな顔をしてると、じいさんの隣のおっちゃんが英語で通訳してくれる。


「お前は何処から来た?」

「ジャポンです」

「おお、ジャポン」

「ジャポン」


 あちこちで「日本から来たんかぁ」みたいな声が上がってる。


「この村へ何をしに来たんだ?」

「えーっと……」


 僕が答えを困ってると、少年のお父さんが代わりに皆に説明してくれる。それを聞いて納得してる様やった。皆、口々に僕の事を話題にして話してる様や。


「それにしてもお前のこの服はいい生地を使ってるな」


 みたいな事を言うて、僕が着てるクルディッシュの服を触ってくる。

 そやし、


「これはSarsankサルサンクで世話になってるハディヤ氏と言う人に作って貰ろたんや」


 と説明すると、


「おお、ハディヤ氏は知ってるぞ」


 と別のおっちゃんが話し掛けてくる。

 昔、ここから山を2つ越えた所にハディヤ氏の農園があって、そのおっちゃんは若い頃にその農園で働いてたそうや。


 すると今度はハディヤ氏の話題になったみたい。皆、ハディヤ氏の名前を口にしてる。話の内容こそ分からんけど、悪口を言うてる感じやない。僕はそこの食客やと言うと、何故か皆に握手を請われる。ハディヤ氏の名はこんな所でも通じるんかと思うと嬉しくなってきた。


 ハディヤ氏の話題をきっかけに一気に場の雰囲気は和み、今まで黙ってた人も話す様になる。たまに笑い声も漏れてた。


 ところが、急にドアが開いて兵士が入ってくると、


「静かにしろ!」


 みたいな事を命令する。すると今までの和やかやった雰囲気は一変し、また皆の顔に緊張が走る。


 それからは誰も喋らず、ただ黙って下を向いてた。



 つづく

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