264帖 燭台の灯り
『今は昔、広く
ムスタファとムハマドにシャワールームまで連れて行って貰ろて僕はシャワーを浴びる。砂漠の砂と泥は直ぐに落ちるけど、寒さからくる震えはなかなか止まらん。
ミライは大丈夫なんやろか。
目を瞑り、頭から少し熱いぐらいのシャワーを浴びてると、ミライのシャワーシーンが僕の頭の中で朧気に浮かんでは消えていく。
途中、エシラが僕の汚れた服を取りに来てくれる。裸の僕が居るシャワールームに堂々と入って来て僕と目が合う。
「おおきに……」
「いいえ」
そう言うとエシラは何食わぬ顔で出て行ってしもた。
次第に震えてた身体が落ち着き、至極ええ気分に変わってくる。
身体を拭いてゆっくりとソファまで行き、乾いた服を着てそのまま横になる。暖まった事で、逆に身体が動き易くなった様な気がする。
窓の外は既に暗く、まだ遠くで雷は鳴ってる。
汗が引くと、少し寒気がするんで赤白のストライプのシャツを1枚羽織る。時計を見ると、めっちゃ長い時間が過ぎてると思てたけどまだ7時前やったわ。
するとドアが開き、ミライがチャイを持って入って来る。
「おにちゃん。もう大丈夫?」
「おお、温まったわ」
「そう。よかった」
「ミライは?」
ソファの僕の隣に座ると、
「大丈夫よ。だっておにちゃんが温めてくれてたもん……。はい。温かいよ」
と、チャイを渡してくれる。温かく甘いチャイは空っぽの胃に染み渡る。一気に飲み干すと、
「おにちゃん。あれを見せてよ」
「あれ?」
「ジャポンの写真よ!」
「ああ。ほんでも、もうそろそろ晩ご飯と違うんか?」
「まだなの。お父さんがまだ帰って来てないのよ」
「そうかぁ。ほんなら……」
リュックに手を掛け、雨蓋から京都の写真の絵葉書を出しミライと一緒に見る。
「これは平安神宮」
「ヘアンジング?」
「そう」
「へー。綺麗ね」
「これは銀閣寺」
「ギンカクジ……。何する所?」
「そうやなぁ。まぁ、マスジド(イスラム教の礼拝所)みたいなもんかなぁ」
「ふーん。これは?」
「ああ、これは金閣寺」
「キンカクジィ……。眩しいわね」
「そうや。金で出来てるんやで」
「へー。もったいないわぁ」
「あはは」
「これは?」
その時、車が屋敷に入ってくる音が聞こえてくる。
「あっ、ハディヤ氏かなぁ」
「お父さんが帰ってきたみたいね」
「ほんなら晩ご飯やな」
「じゃーまた後で見せてくれる」
「ええよ」
と言うた次の瞬間、フェイドアウトするかの様に電灯が消えた。
「わぁ」
「あれま。停電やな」
一瞬で辺りは真っ暗。
遠くに行ってしもた雷雨のせいやろか、月明かりも無いし全く何も見えへん。
「ランタンを点けるわ」
テーブルの上に置いといたランタンに手を伸ばそうとすると、急に腕が引っ張られる。
「うん?」
そして両手で顔を掴まれると僕の唇に張りのある柔らかいものがくっついた。
ミライの匂いがする。芳しい花の匂いとミライの吐息を感じる。
僕はドキドキしながらも、ミライの背中にそーっと腕を回す。どれくらい時間が経ったか分からんけど、その柔らかいミライの唇が離れるとクスクスっと言う笑う声がする。
僕は我に返り、机の上のランタンの弄りスイッチを入れる。光の中にミライの笑顔があった。
仮の兄妹としても、
そう思てたら、
「また後で写真を見せてね。約束よ」
と言うて立ち上がり、ミライは僕を支えて立たせてくれる。
僕は何も言えんと、ただミライに従って食堂に向かった。
食堂のテーブルにはローソクが燭台の上で灯され、既に準備が出来た夕食を照らしてる。
徐々にみんなが集まって来て、最後にハディヤ氏がやってくるとお祈りをして食事を始める。
「キタノ。暗くて申し訳ないが、村中停電なので我慢してくれ」
「いいえ。こんなのは慣れてますから。良かったらこれをみんなで使って下さい」
お礼の意味を込めて僕は日本製の電池式ランタンを寄付する事に。
カレムやユスフがそれを手に取り、点けたり消したりして興味深く見てる。
みんなは食事をしながら今日の出来事をハディヤ氏に報告する。
いつの間にか僕とミライが雷雨の中でドロドロのドボドボになった事が笑い話になってる。
「ほんでも、死ぬか生きられるかで必死やったんやから……」
と真面目に言うてみても、みんな大笑いしてるだけ。ミライまで一緒に笑ろてたし。
そんな雰囲気で停電の中での夕飯も終わり、皆は燭台を持って早々に各自の部屋へ戻る。
部屋に戻った僕は、やっぱり雨で冷えたんやろか、ちょっと寒けがするさかいテーブルに置いた燭台の火を消して布団に入る。
こんな身体で風邪も引いてしもたらどないしよ……。
そやし僕は頭から布団を被って寝る事にする。
暫くしてウトウトしだした頃、急に布団を捲られる。
「おにちゃん~」
「おお、ミライ」
夕食の片付けを終えたんやろう、ミライがローソクを持って覗き込んでくる。
「おにちゃん。どうしたの?」
「うん、何でもないで」
「一緒に写真を見ましょ」
そうやった。
ミライはテーブルの上にある燭台のローソクに火を移し、絵葉書と一緒に持ってベッドにやってくる。燭台をベッド脇の小さな机の上に置き、絵葉書をもったまま僕の隣に潜り込んでくる。
「うふふ」
嬉しそうに笑顔で僕の顔を見たあと絵葉書に視線を移し、一枚ずつ捲る。ローソクの明かりに照らされた絵葉書を見ては僕に説明を聞いてくる。
全部見終わるとまた初めから見直してる。
「気に入ったんがあるんやったら上げるよ」
「いいの」
「うん」
「じゃぁ……」
ミライが選んだんは、街の夜景の背後に大文字山の送り火が映ってる写真。
「おお、大文字山ね……」
と言うた直後にクシャミが連発で出る。
ハクショーン。あぁ……、ハクショーン! オウエー。
「おにちゃん、大丈夫。寒いの?」
僕は鼻をすすりながら、
「ああ、ちょっとね」
と答える。
「じゃあ。今度は私が温めて上げるね」
ミライは絵葉書をベッド脇の机に置くと、
「おにちゃん。あっち向いて」
と言うんで横向きに寝返りを打つ。するとミライの腕が後ろから回ってくる。
後ろから抱きつかれた形でミライの身体が僕の背中にくっつくと、ミライの温かさと柔らかさが伝わってくる。
「どう。温かい?」
「うん。気持ちええよ」
するとミライは自分の足を僕の足に絡めてくる。そやけど不思議と興奮する事もなく、心地良くなって僕は落ち着いてきた。
「おおきにな、ミライ」
そう言うたけど、ミライはクスクス笑うだけやった。
ミライの吐息を背中で感じてたら、僕はいつの間に寝てしもてた。
つづく
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