161帖 アッルラーの導き
『今は昔、広く
ガチャガチャしたバザールの雑踏とは隔離された空間、それは
今まで見た何処のモスクより立派で荘厳に見える。僕らはムスリムでは無いため、入り口の傍に座って休憩してた。やっぱり大理石で冷やされた涼しい風が吹いてた。
そこへ白いシャルワール・カミーズに白い帽子を被ったおっちゃんがやって来る。
「あなた達はヤパンか」
「そうです」
「何をしてるんだ」
「休憩です」
「中へ入らないのか」
「僕らは仏教徒ですから」
「そうなのか……」
ちょっと考えた後、
「こっちまで来なさい」
とおっちゃんは手招をきした。僕らは立ってそのおっちゃんに続いた。
「ここまでは大丈夫だ」
入り口のちょっと入ったとこまで案内された。そこはモスクの内部の様子が少し見える。
「これは100年前に建てられたものだ」
おっちゃんは少し小さな声で、内部を紹介してくれた。初めて見たモスクの中。
「おお、すげーなぁー」
静かな場所なのに、思わず声に出してしもた。声はモスク中に響き渡ってしまって少し申し訳ない気がした。
お祈りの時間では無いのに、跪いてお祈りしてる人も居るし、お祈りが終わったのか、隅っこで昼寝をしてる人も何人か居った。ムスリムにとってここは心と身体を休めるとこみたい。
モスクには中庭があって、池の周りは色とりどりのタイルで装飾がされたた。内壁も美しいモザイク模様で彩られてる。
「そこで見とくといい」
そう言うとおっちゃんは、靴を脱いで中へ入って行く。手と顔、そして足を水で清めると、「お経」の様なものを唱え、お辞儀をした後に跪き、額を床に付けて祈りを捧げた。それを数回繰り返し、お祈りは終わった。
それを見てただけで、僕は今までの暑さや身体の疲れを忘れてしまってた。
「あなた達は、昼ご飯は食べたのか?」
とおっちゃんは聞いてくるんで、それに山中くんは答える。
「まだです」
「それなら、私のレストランに来るといい。こっちだ、さあ来なさい」
と僕たちを案内してくれた。何となくさっきのお祈りの雰囲気で僕らは付いていった。正直なところ、お腹も空いてたしね。
モスクからバザールの雑踏へ戻り、少し歩くとこのおっちゃんのレストランがある。古ぼけた建物やったけど、内装は白く清潔な感じや。数人のパキスタン人がもう2時やと言うのにまだ食事をしてた。
「さあ、座って下さい。なんでも食べられますね」
「はい」
「OK。では、少し待って下さい」
とおっちゃんは奥へ入って行った。
「やばくないですかね。新手の詐欺じゃないですかね?」
みんな思てたけど、真っ先に口にだしてきたんは南郷くんやった。
「なんやろ、あんまり悪そうな人や無いと思うけどな」
楽観的な事を言うのはもちろん多賀先輩。
「そやけど、何食べるとか注文もしてませんし、なんぼかも聞いてませんやん」
「食べた後で、方外な金額を要求されたらどうします?」
「そん時はなぁ……、逃げたらええがな」
「そうやな。何の契約もしてへんしな」
「まぁ何が出てくるか、楽しみにしておきましょ」
山中くんの一言で、僕は腹を括った。「どうかぼったくられませんように」と祈りながら。
すると、さっきのおっちゃんが戻ってきて、僕らと一緒にテーブルに座ってきた。
「あなた達は何処に住んでますか?」
「ああ、僕らは東京です」
「おお、トウキョね」
「俺は滋賀です」
「うーん、ごめんなさい。シガは知りません」
「やっぱりパキスタンではマイナーかぁ」
「あはは。僕は京都です」
「おお、キョトね。私の友人がキョトに住んでます」
また友人か。京都にそんなようけパキスタン人住んでたかな? 僕はまだ会うた事ないわ。
「あなた達の仕事はなんですか?」
この後はお決まりのパターンの質問会が行われた。それでもおっちゃんは嬉しそうに僕らの反応を楽しんでた。その後はおっちゃんの身の上の話になった。
何でも去年、奥さんを亡くしたらしく毎日悲しんでたそうや。それからは、店が暇になるとお祈りの時間以外にも頻繁にモスクに行くようになったとか。
そうやって今日もモスクに行った時、僕らと遭遇した。
今日こうして日本人の僕らに遭えたんは、「神のお陰だ」みたいな事を言うてる。このおっちゃん、まんざら悪い人ではなさそうやと言うのが僕らの見解やった。そうしてるうちに料理が運ばれてくる。
おっちゃんは、
「ごゆっくりどうぞ」
みたいな事をウルドゥー語で言うて、また奥へ入って行ってしもた。
どんどん料理が運ばれて来た。肉料理はカバブーにタンドリーチキン、野菜の天ぷらみたいなもんに、フライドポテト、薄っぺらいチャパティにカレー、ドリンクにラッシー。テーブルがいっぱいになってしもた。
「パキスタン料理のフルコースだー」
と嬉しがって言うてたんは一番疑ってた南郷くん。まだ、
「これ全部でいくらするんですかね」
と言うてたけど、一番先に手を付けてた。
肉はどれも香辛料が効いててめっちゃジューシーやし、揚げもんもいい塩加減で美味しかった。ただ、カレーは今まで食べた中で一番辛かった。ラッシーて中和させながら食べたけど、クーラーに効いてる店内でも汗が流れ落ちた。
全てたいらげ、僕らはお腹いっぱいになった。僕もジーパンのボタンを外したくらいや。
それでいよいよ会計の時、ドキドキしながら僕らはレジに向かった。
山中くんがレジの青年に向かって、
「ごちそうさま。いくらですか」
と聞く。返事は、
「あなた達は払わない」
やった。なんやこれと思てみんなで顔を見合わせてたら、奥からおっちゃんが出てきた。
山中くんはもう一回、おっちゃんに「いくらか」聞いたけど、おっちゃんは顔を横に振ってた。
「これは、私からの贈り物です。あなた方と会えたのはアッルラーのお導きです。どうか受け取って下さい」
そう言うて、お金は受け取らへん感じやった。
「それなら……お言葉に甘えて。ありがとうございました」
「ごちそうさまです」
「いえいえ、私も楽しい時間を過ごせて良かったですよ」
そう言うおっちゃんに感謝の気持ちを込め、僕は胸の前で合掌してお辞儀をした。
「ありがとうございました」
おっちゃんも丁寧にお辞儀を返してくれた。
僕は「詐欺」やと疑ってた恥ずかしさと、感謝の気持ちで複雑やった。店を出てもう一回振り返り、見送ってくれるおっちゃんに合掌してお辞儀をした。そして、アッルラーの神にも感謝しといた。
クーラーの効いてた店の中とは違ごて外はめっちゃ暑く、色んな匂いでムッとしてたけど気持ちはものすごく清々しかった。多分、他の3人もそうやったと思う。顔はみんな満腹感と幸福感に満ちてた。
つづく
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