Ⅱ
鋼鉄に白の塗料で着色された堅牢な門が彼の目の前にあった。その近くにはガタイのいい門番が2人立っていた。
2人に軽く会釈をして門の中央に立つと彼の身体に光が照らされ、生体認証を行っていた。
「登録ID10752
機械的な女性の声が聞こえて、それと同時に門が開いた。
門の向こう側にはここで従事している人間たちが多く行き交っていた。自分の身の丈をこえるほど山積みにした資料を運ぶ者や、他の人と喋りながら歩いている者、近くのテラスでパソコンを開いて仕事をしている者、様々な人間たちがいた。
「おはようございます!桐谷先輩!」
そんな中で大きくハキハキとした明るげな女性の声がした。彼こと、桐谷雲人が振り返ると、そこには
「おぉ、御子神か、おはよう」
少し眠たげな声でその女性に対して挨拶を返した。彼女は
理愛奈は彼の反応に少しムスッとした表情をしていた。
2人は会話をしつつ歩いた。
「また眠そうにしてますけど、ちゃんと寝てくださいね?」
「うーん…昨日はうちの姉貴から呼び出されて徹夜だったんだよ…」
彼女は雲人を気遣って言っていることを十二分に分かっている。
しかし昨日は突然姉に呼び出されて仕事の手伝いをさせられ、休むせても貰えなかったのである。
エレベーターに着くとすぐさまリフトが降りてきてそれに乗り込んでいった。
15階のボタンを押して着くまでしばらく待っていた。
「大変ですね。それはそうと約束の日覚えてますよね?」
「約束の日?」
その言葉にピンと来なかった。何か大事な約束をしていたのだろうか、理愛奈の顔は真面目であった。
「もしかして忘れたんですか?」
彼女はまるで大切な人に裏切られたかのように絶望したような顔で
「いや、その…あの…。すみません…」
「私、悲しいです…」
涙ぐみ泣きそうな顔をしていた。こんな顔を見せられてしまってはどうしたらいいか分からない。
とにかく必死に思い出そうとするものの、残念ながらぽっかりと忘れてしまっていたのである。
「すまん!俺が悪かった!泣かないでくれ!」
他の人からの目も気になっており、ここは一旦泣き止んでもらうしかないと考えた。
その言葉汲んでもらい、理愛奈は涙を拭い少し不貞腐れたような顔で話した。
「次の休みの日に買い物に付き合って下さいて頼んだじゃないですか?」
「あ、そういえば、そうだったな」
「ほんと、酷いです。約束を忘れるなんて」
彼女は約束を忘れていた雲人を呆れたような顔で見ていた。
それは当然といえば当然である。人と人との約束というのは信頼関係にも響いてくる。くれぐれも気をつけるべきである。
「じゃあたっぷりと付き合ってくださいね?」
「おう。それくらいお安い御用だ」
先程のことが嘘のように笑顔の理愛奈に一安心をしていた。そして、今度からは人との約束は絶対に忘れないようにしようと心がける雲人であった。
そんな他愛もない会話をしていくうちに15階についた。
10階から15階はは《ラスト・エデン》の治安を守るための局所である大陸治安局 通称 《ヘルヴィム》のオフィスとなっている。ここでは日夜、
この《ラスト・エデン》では《ヘルヴィム》が治安の一切の権限を握っているため、他の国とは違い警察や軍隊は存在しない。
その代わり、ここはは東側と西側の恩恵を受けた力を有しているため、その強さは比べ物にはならない。
そして雲人たちはその中でも花形とも言われる
2人はそこの双極観察課と書かれた部屋へと入っていった。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
2人はほぼ同時に挨拶をして入っていった。周りには2人と同じような格好をした人間が沢山いた。
この制服は《ヘルヴィム》のものであることが分かる。
タイムカードをきり、2人は各自のデスクの方へと向かっていった。
「よう、
「おはようございます。ちょっと重さん茶化さないでくださいよ。」
雲人は自分に近づいてきた白髪混じりのオールバックの中年の男性に挨拶をした。
先程の様子を見て雲人をからかっていたのである。
この男性の名前は
「はっはっはっ。俺は若いやつからかうのが大好きだからな。それはそうと昨日の仕事はどうだった?」
「どうもこうもないですよ。一晩中こき使われて、一睡もせずに出勤ですよ。過労死しますわ。」
昨日は
ちなみにこの仕事は私的なものではなく、きちんとした公的な仕事である。
そのため、雲人近くの人間は周知の事実である。
それに彼女の依頼だけは何が何でも遂行しなければならない。
「それは大変なこった。安心しろ。今日のはそんなにキツくないし楽らしいぞ?」
「それはよかった。じゃあ早速行きましょうよ重さん。」
早いところ仕事を終わらせて早く睡眠をしたい雲人は重國に催促していた。
しかし、重國は足を動かさずじっと雲人の方を見ていた。
そんな彼を見て不思議に思った雲人は尋ねてみた。
「どうしたんですか重さん?早く行きましょうよ?」
「それがな
「え?」
一瞬何を言っているのか彼には分からなかった。
しかし
よほど重大な失態や、相棒の死亡や退職などでなければありえないのだ。
「一体どういうことですか?何もミスを犯していませんが…」
「いや、それは俺もだ。だがこれは上からの指示らしい…俺にはどうすることもできないのさ…」
「そんな…俺は重さん以外と組むなんてありえないです!」
今まで組んできた
雲人は重國に大きな信頼を置いている。それは当然向こうも同様だ。
「おいおい。そう言って貰えるのは嬉しいが、お前ももう
「でも、まだ俺はあんたから学びたいことが沢山あるんだ!」
雲人の真剣な顔を見てため息をつきながらも細く笑っていた。重國にとっては雲人はかわいい後輩である。
雲人の新人時代から共に組んできた仲である二人は師弟のような関係であり、周りの人間も充分に理解している。
だが、重國の言う通りもう
だからこそ、上は判断をしたのだろう。
「いいか雲人?これはお前にとって成長する機会なんだ。俺がいなくてもお前が立派にやっていけることを見せてくれ。」
重國の言葉に納得したくなくても納得せざるを得なかった。確かにもう新人ではなく一人で仕事をこなせるようにはなっている。
ここまで育ててくれた重國への恩返しは彼がいなくても立派にやっていけてることを見せることである。
彼の言葉を肝に銘じてうなづいた。
「お前は本当にかわいい奴だな。」
わしゃわしゃとボサボサの髪を荒々しく撫でた。嫌がりつつも心中では嬉しい雲人であった。
「さてと俺は次の職へと行きますかね」
「そういえば、重さんは誰と組むんですか?」
ペアがお互いに変わるわけであるから次のペアが誰になるか気になっていた。
あの歳を考えるにはまた新人ではないかと感じていた。
「いや、新人研修の教官へと移動だ」
「え?もう引退されるんですか?」
まさかの出来事に唖然としていた。教官になるということは言い方を変えれば一線をひくということになる。
ならばもう
その事に一種の虚しさを雲人は感じていた。
「まぁ…なんだ娘も大きくなったし。そこまでむちゃしなくても良くなったし…」
「これからは家族サービスをしようと思ってな」
重國の顔は妻子を気にかけ大事にしている一人の夫そして父親の優しい顔をしていた。
確かにこの仕事はかなり危険なことが多く途中で命を落とすものもいる。
だからこそ家族には心配をかけてきたことに対するひとつの恩返しのようなものだろう。
それならば雲人がどうこう言うことはできない。
「そうですね。教官なら安心して仕事をできますもんね」
「あぁ。でも部署とかは移動しないから、いつでも会えるぞ」
「それは良かったです」
新人研修というのも
そのため、今までと同じように会うことができるのだ。
「あ、そういえば俺の新しい
ふと大事なことを思い出した。相棒が変わるためこれまでとは違う。
できれば知り合い出会ってほしいと願う雲人である。
「お前の新しい
重國がそう言うとオフィスの扉が開いた。
そこには群青色の髪色のショートカットにスラッとした綺麗な脚をした理愛奈と勝るとも劣らない美人な女が立っていた。
ただ理愛奈に比べると少し胸は小さい。
「お、こっちだ」
重國はその人物をこちらの方へと呼び寄せた。
顔は整っておりクールビューティという言葉が似合う顔立ちだがどこか不貞腐れたような顔をしていた。
「雲人。この娘が新しくお前の
重國が彼女について紹介をした。今まで見たことがないことから恐らく新人だろうと雲人は考えた。
ペコリと軽くお辞儀をするものの目つきはまるで睨んでいるのかのようだ。
いや、もしかしたらこういう目付きなのだろうか。
「俺は
彼女の目線が痛い。なぜなのだろうか。一体何をしたのだというのか。しかし、雲人は彼女とは今日ここではじめて会った、言わば初対面である。
それなのにここまでの表情をされてはどのような反応をしたらいいか分からない。
もしかしたら気に入らなかったのだろうか。
「よろしくお願いします桐谷先輩」
「あ、あぁ…こちらこそ。」
妙な気まずさを感じていた。そんな二人を見て心配になってきている重國である。
それは雲人と美雪が相棒として相性がバッチリなのかということである。
事前に資料を読んでいた重國は一抹の不安を抱えていた。
「まぁなんだ…。俺もできるだけ協力するようにするから頑張れよ」
重國は彼らを信じて支えることを決めた。
「あなたが
ふと彼女から言葉が零れた。透き通った綺麗な声をしていた。
そんな彼女から出た言葉に雲人は強く反応をした。それは自分のことを指している言葉であるからだ。
「そうだが…それがどうしたんだ…?」
その言葉を聞いた時にさらに目つきが鋭くなった。まるで獲物を狙う野獣のように。
なぜこのようなことになったのか全く理解が出来ていない。
するとまた口を開き言葉を発した。
「あなたを超えてみせる…」
「は?」
一体何を超えるというのか。全く分からない。むしろ怖い。彼女は自分の命を狙っているのだろうか。
いやそうとしか考えられないような目つきに表情。
これから相棒としてやっていくにも関わらずもう一寸先は闇という状況である。
「だ、大丈夫なのか…?」
雲人はこれから相棒としてやっていく彼女を見て大きな不安を抱えながらこれからどうしていくのか頭を抱えていくことになった。
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