第458話

 二人と一匹は、その言葉を耳に入れると押し黙った。

 だが不思議と、大我の一言には驚いていない様子だった。


「これは……ただの俺のワガママだ。あいつがやったことは許されないし、俺だって許せない。でもさ、それとは別に、あのまま存在を消し去るなんてことはさ、違うと思うんだよ。恨み憎しみだらけのまま、なんの希望も見られず死ぬなんてことは、そんなのしんどいじゃねえか……だから、せめて、世界を見るチャンスを……」


「ふふっ」


「……?」 

 

 大我の言葉を最後まで言い切る前に、アリアは優しい笑い声をこぼした。

 同じように、エルフィも、ティアも、怪訝な顔は一切見せず、彼の心からの言葉に理解を示した微笑みを見せていた。


「大我さんなら、おそらくそういうのではと思っていました。大我さんの言う通り、本来ならばデータサンプルを採取した後、削除しようかと計画していましたが……そうですね。安易に破壊するのではなく、一人の人物として見るのなら、罪人として扱うのが妥当でしょう」


「……私も、大我ならそう言うと思ってた。だって────大我ってとても優しいですから」


「そこは正直に言ってもいいんだぜティア? バカみたいお人好しだってよ。まあ、一回殺されてんのに、その張本人がそう言うんなら、認めるしかねえよ」


「みんな…………ありがとう……!!」


 実のところ、エルフィもティアも、ノワールに対しての怒りは強いままであり、同じように許せないと思っていた。

 エルフィは、主人であるアリアが築き上げた世界を無茶苦茶にされ、何より相棒である大我が彼女のせいで一度死に至っている。平和な日常を壊されたことを、胸の奥ではずっと許せずにいた。

 それは、ティアも同じこと。

 自身を元にコピー兵士を造られたことはもとより、身近な友達とその周囲の人々、それらの人生が狂わされたことが許せない。

 そしてなにより、本人が許してくれたとはいえ、今でも大我を自らの手で心臓を貫いてしまったことが、大きな凝りとして胸の奥に残り続けていた。

 だが、そんな殺された張本人が、今すぐにでも破壊してもいいと言っても許されるような者が、罪を償う為に存在を残してほしいといったならば、それに反論する理由はない。

 同時に、そういうところが桐生大我という人物のとても良い部分なのだと、一人と一匹は改めて感じた。


「では、一度外に出ましょうか。私達の勝利の宣言を、皆が待っています」


「おう!」


 こうして、実質的な世界の支配権を賭けた女神もとい電子存在同士の戦いは幕を閉じた。

 アルフヘイムを襲った幾重にも連なる悪夢の連鎖に、ついに終止符が打たれたのだった。



* * *



 世界樹ユグドラシル外の大広場。

 大量の量産兵器と量産兵達との戦いが繰り広げられていた場所も、ついに求められていた静寂が訪れていた。

 無数のティア達は一斉に機能を停止し、その場に崩れ落ち、過去の兵器達も全機停止。

 本来の景色が見えないほどに、残骸が地面を埋め尽くし、まるで地獄のような様相を呈していた。

 そんな凄惨な光景の中で延々と気力を振り絞り戦い続けていた戦士達は、衝突の止んだこの場所で、ずっと世界樹を見守り、大我達が戻る時を待ち続けていた。


「早く戻ってこい……みんな……やったんだろ、大我の野郎……!」


 一方的にノワール側の兵が倒れたということは、つまりはそういう事実に他ならない。

 だが、世界樹の中へ突入した全員が戻ってこなければ、まだ完全な勝利を確信できない。

 皆は勇者の帰りを待ち、一秒が長くなるような時間を見守り続けていた。

 そしてついに、大我達が入っていった木肌の扉が開かれる。

 そこから現れたのは、大我、エルフィ、ティア、アリア。誰一人欠けていない、三人と一匹だった。


「大我……ティア……!!」


「本当にやりやがったあいつら……!!」


「信じて良かったよ、彼の力を」


 胸の奥でずっと溜め込んだ皆の、それぞれの気持ちが、思わず言葉に漏れ出していく。

 そして、大我は言葉を発する前に、強く握り締めた拳を天に掲げた。


「みんなァ!!!! 勝ったぞ!!!!!」


 全身全霊の叫びの直後、大我はふらりと、緊張の糸が途切れたように前のめりに倒れてしまった。

 そんな彼を、最も近くにいたラントとアリシアを始めとした仲間達が、支えに走った。


「大丈夫、眠ってるだけだ。相当消耗してたみたいだな」


「まあ、無理もねえよ。むしろよく立ってたよ大我は。あんだけボロボロになるまで戦ってたんだからな」


「そうだね、今は休ませてあげよう。勇者にこそ休息は必要だ」


 全て終わった。それを如実に示すような、大我の安息の眠り。

 今はもう、心配することはなにもない。その気持ちが、彼の意識を途切れさせ、身体状況に本来正しい状態に傾いたのだった。

 そして、彼の勝鬨が途中で止まったのを受けて、エヴァンが周囲を見渡し、ある人物を探して見つける。

 その人物は、エミルだった。


「エミルさん、今から僕と貴方とで、大我くんに代わって勝利の号令を出したいんだけど、構わない?」


「…………解った。請け負おう」


 大我以外に、これを行うには誰が相応しいかと考えた時、アルフヘイムの秩序の象徴であるネフライト騎士団が適当であると導き出し、そこから現在この場にいる中で最も階級の高い副団長のエミルが良いと結論を出した。

 エミルも、短いやり取りながらもその真意を受け取り、快く了承した。

 エミルは深く、気を失った大我に感謝と敬意を払った礼を向けた後、エヴァンと共に世界樹を背にし、叫んだ。


「我らが勇者、桐生大我に変わって宣言する!! 沢山の犠牲も出した。いくつもの不幸を生み出した!! だが、今日この瞬間全てが終わった!! 私達は、この戦いに勝利した!!!!」


 アリア・ノワールとの世界の全てを賭けた戦いは、今ここに、勝利の二文字と共に終焉を迎えた。

 新たな平和への一歩が、今ここに、踏み出されたのであった。

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