第440話

「そういえば貴様もいたな。まだ動けたのか」


 ノワールはまるで取るに足らない相手に仕方なく意識を向けるような表情でティアを見る。

 その顔には、彼女のことを脅威と認識している空気は殆ど無かった。


「私だって、まだ戦えます……! あれだけで終わる程、私は弱くないですから……!」


「気概だけは優れているな、気概だけはな。お前は元々、周囲にいる友人達よりも弱い。戦いともさほど縁はない。あったとしても、お前の役目はいつも手助けだ。そこに私が、戦闘要員となるべく剣術能力をインストールしてやったが、それだけで到底届くわけもないだろう」


 ティアは言い返すことが出来なかった。それは紛れもない事実だったからだ。

 受け入れるしかない。何を言われても。

 だけど、それでも、今大我や神様と一緒に戦えるのはティアしかいなかったというのも事実である。


「大方、私からの影響を受けたが故に耐性を持った数少ない人物だったから、というところだろう。不幸中の幸いだったな、お前みたいな弱い者しか連れられなくて」


 もはや挑発の意図すら感じられないような、純粋な低評価の物言い。

 それを示すように、ノワールは左手をアリアに向けてかざし、無数の黒の光球を生成した。


「これで心置きなくアリアを消せるのだから」


「くっ……やはり、いつかは限界が来ますか……」


 アリアの逆転の策を実行する為の時間稼ぎ。しかし、現状の戦力ではいつかは攻撃対象として絞られる可能性を計算していないわけではなかった。

 むしろ、その確率の方が高い。だからこそ、アリアはその時に備えていつでもどのような規模の攻撃にも防御、反撃を行えるようにユグドラシル内の魔力を回して詠唱を続けていた。

 そして、黒の光球から放たれる無数の漆黒の光線。

 前進する度に屈折を繰り返し、全く読めない軌道でアリアへの殺意が空を走る。

 アリアは自身に向かってくる一発一発の優先度を目測で計算。

 威力を予測よりも大きく見積もり、マナのバリアを厚めに貼りつつ光線を放ち、可能な限り迎撃した。

 白と黒、それぞれの魔法が相打ちする度に耳を劈くような爆裂が起き、その威力を肌に感じさせる。

 だがノワールにとってはそれも主力の攻撃ではない。掴んでいる脚が動くのを肌に感じ、大我は絶対に離すまいと力を振り絞る。

 しかし、そんなことはわかっているとばかりに、ノワールは視線すら移さずに、大我に刺さったままの、血を滴らせた氷炎の剣を軽く押し込んだ。


「あ゛あ゛あああああっっ!!!!」


 どれだけ無尽蔵とすら思える程の根性と胆力を以てしても、それでも人間であるが故に、魂に傷をつけるような瞬間的な肉体の痛みはどうにもならない。

 大我は追い打ちとなる鋭利な激痛に耐えられず、叫び声を上げた。

 それでも掴んだ手は離してなるものかと決意していたが、ほんの一瞬、反射的に力が抜けてしまった。

 その瞬間を逃すはずもなく、ノワールは出力を上げて足を振り解き、流れる様な動作でアリア目掛けて駆け抜けようとした。


「しまっ……!」


「ぐっ……!」


 エルフィも未だ受けたダメージから回復できておらず、足止めにすら意識を向けられない。

 万事休すか。だが、たとえ力の差が歴然だと示されても、ティアは立ち向かった。


「行かせません!!!」

 

 捻りのなく、わかりやすい、風の速度を上乗せしただけの横斬り。

 ノワールはそれを難なく受け止めたが、確かにその勇気を抱いた小さな一撃が、彼女の足を止めた。

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