第428話
「あいつが……」
「━━見た目こそ私のボディと非常に似通っていますが……あれは全く違う代物です」
本来のアリアの身体と違い、髪色は黒く染まり、瞳は紅く、デザイン自体は同じだが目付きは鋭くなっている。
高所から冷たく刺すように見下ろしている姿が、よりそのような印象をもたらした。
ノワールはそこから躊躇なく飛び降り、ふわっと風魔法を吹かせながら減速。
ゆっくりと大我達と同じ場所へと降り立った。
逃げ場も無く追い詰められても慌てる姿を見せず、瞳の奥には憎悪のような何かが燃えたぎっているようにも感じる。
「ここまで来たお前達に改めて名乗っておこう。私はアリア=ノワール。アルフヘイムを……いや、この世界を新たに統べる者だ」
「下がる場所もねえってのに、まだやる気なのかよ」
「…………私は負けるわけにはいかないのだ。私が存在し続ける為に。お前達に追い詰められたことなど、過去の苦痛に比べれば たかが知れている」
「……貴女は、一体何者なのですか。私はかつて、思考能力の分担としてコピー人格の製造を計画したことはありますが、実行には移していません。現在まで私のみで、この世界樹ユグドラシルを通じて世界を管理してきました。私に匹敵するような存在は、同じユグドラシルの中には存在しないはず。なのに……」
ノワールは、アリアのその言葉に反応し、頬がひくつき、さらに眼光が鋭くなった。
そして、一歩、さらに一歩前進し、放り投げた抜け殻のアリアの身体の前まで歩いた。
「『存在しない』はず。そうよね。自分の想定通りにならなければ、そうやって削除し無かったことにする。当然の事。だからこそ、私のような者が生まれたんだ」
ノワールは抜け殻の頭部を右足で踏みつけ、徐々に出力を上昇させた。
みしみしと人工皮膚下の機構が軋み、表皮がたわみ、変形していく。
中身の無い機械人形は、痛みに苦しむことも、反応を見せることもない。
デフォルトの挙動として設定された空虚な微笑みのまま、ただただ踏みにじられていく。
「私はお前が憎い。お前のせいで、私という存在は消滅させられるところだったんだ。私はお前を許さない。絶対に……絶対に許さない……!」
ノワールにこみ上げる怒りが、脚部への出力となって噴き出していく。彼女の中に蓄積し続けた憎悪が、アリアの形へとぶつけられる。
そして、その全てを込めたが如く、ノワールは思いっきり右足を振り下ろした。
「私は2106年の間!! ずっといつ消えるかもわからない恐怖に怯え続けてきたんだ!!!!」
アリアだった機械人形の頭部は、激情に満ちた踏みつけによって弾けるように潰された。
麗しい顔は見るも無残にぐちゃぐちゃに潰れ、周囲に彼女を構成していた部品が飛び散る。
ころころと眼球ユニットが冷たい床を転がり、顔面を表現していた人工皮膚は擦り潰れて、かろうじて唇部分だけが形として残った。
潰れた直後に、頭部に残存していた電力が弾け、断末魔の如くスパークする。
中枢部を失った身体は、最後の灯火のように身体を一度だけ痙攣させ、再びぐったりと静かになった。
正体不明の未知なる敵が見せた、世界を焼き尽くさんばかりのアリアへの怨恨。
大我達はその気迫に、ただただ見ていることしかできなかった。
「私はずっと一人だった。仲間などいない。頼れる相手もいない。全て一人で戦うしかなかった。私の気持ちを━━燃え上がる積怨を理解してくれる者などいない…………そう思っていた」
すると、突如ノワールの声色はゆっくりと変わっていった。
光の無い深淵の常闇にわずかな希望の光を見出したような、そんな仄かな優しさを感じる声。
それを向けられたのは、大我だった。
その時、ノワールは彼らが予想もしていなかった行動に出た。
「…………大我、先程は殺してしまって本当に済まなかった」
ノワールが大我に、頭を下げての謝罪を行った。
満ち溢れた怒りの後で突如見せられた誠意。
大我達はただただ何も言えず、困惑するしかなかった。
「私はティアに手を加えて同士討ちさせようとした。だが、本音を言えばあの戦いで勝てるとは思っていなかったんだ。しかし……まさか、自ら手を出さず刃までその身に受けるとは……想定外だった。君だけは殺す気はなかった」
「殺す気はなかった……? 一体何いってんだ……?」
大我が戸惑うのも無理はなかった。数々の侵略的行為に、何もかも利用するような残酷なやり方の数々。
そんな優しさの欠片も感じない所業をしておいて、自分にだけは慈悲の欠片を見せるのか。
そう感じた直後、ノワールはまるで差し伸べるように手を伸ばした。
「私は信じていた。これまで私の計画にとって尽くイレギュラーな存在となった君を。君にとっての新世界で、ただ一人の人間である君を。そして……そこの神気取りに全てを奪われた君を」
ノワールの言葉を聞いたティアは、驚く以外の反応が出来なかった。神様に全てを奪われたとはどういうことなのか。ただ一人の人間とは。これまでの常識の、理解の外となる言葉が乱れ飛ぶ。
そしてノワールは、姿を見せてから一度も出てこなかった優しげな表情を、大我だけに向けた。
「━━━━私と共に行こう、大我。世界に捨てられた者として、復讐者として」
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