第409話 共に在る未来 8

「ぐっ……! エルフィ! どこまで行ってる!!」


 ひたすら動き回り、ティアの動作に常に集中せざるを得ない状況が続き、徐々に大我の身体に疲労が見え始めた。

 集中が一瞬途切れる瞬間が現れ、反応が遅れる回数が少しずつながら増えていく。

 それでも大我は斬撃や風魔法による攻撃を回避、防御していくも、疲労の足枷は確実に彼を追い詰めていた。

 少しずつ傷が増えていく中、エルフィに叫ぶ。


「もう少し耐えてくれ!! 今65%だ!!」


 ずっとティアの側から離れないようにしながら、必死にプロテクトを突破して感覚系に手を伸ばそうとするエルフィ。

 ずっと黒いモヤへの攻撃に集中し続けていたティアは、途中から失念していた直ぐ側のまた別のモヤに意識が向けた。


「そういえばこれも……っ……まとめて倒すしかない!!」


 ずっと敵と一緒に付近を漂うだけで、何かをする気配もない。

 一時は意識しなくてもいい、目の前の敵を倒せば一緒に消えるかもとも思っていたが、今の呼びかけからして何かがあると思考した。

 ならば、両方同時に吹き飛ばす他ない。ただでさえ大我を名乗ることが許せないのに、いつも一緒にいたエルフィの名まで騙るなんて、どれ程彼を侮辱すれば気が済むのか。

 ティアの怒りにマナが反応し、祈りの姿勢から、剣に竜巻の如き風が纏わっていく。


「はあああああっっ!! 風のラームっ!!!」


 ティアは再び突風のように接近し、下からの斬り上げを放った。

 コースがはっきりしている分、まだしっかりと避けられる。大我はギリギリまで引きつけ、剣の軌道が現れ始めた瞬間を見切ってバックステップした。

 刹那、剣に纏った風がまるで鉄砲水の如く噴き上がり、大我に向けて放たれた。


「なっ!?」


 風の弾丸は今までに何度も見たことがあるし、喰らったこともあった。

 しかし、自分に向けて追いかけてくるように放たれるモノは初めてだった。

 元々回避は至近距離から。気づいたのは放たれた直後で風の圧を感じた瞬間。

 自分は空中。足元を爆発させてバックステップの距離を稼ぐのも間に合わない。

 大我は覚悟を決め、両腕で防御態勢を作り、可能な限り身体の面積を狭めつつマナのバリアを貼った。


「ぐううううっっ……!!」


「大我ぁ!!」


 小さな竜巻の中心に巻き込まれた大我。目まぐるしい風の圧と目に見えない風の刃が、彼の全身を斬り裂いた。

 これはまずい、まだ優勢だったのに一気に流れが傾いてしまうと、エルフィはすぐさま大我の方へ飛ぼうとした。


「来るな!! 俺は大丈夫だ!! それよりも、早くティアを元に戻してくれ!!」


 しかし大我は叫んだ。自分はあくまで今は耐える役。この戦いの終結は全てエルフィに任せた以上、それを手助けしてやれないで何が出来る。

 その意志が、彼の声を押し出した。


「…………っっ!!」


 エルフィは心配を胸の奥の奥まで押し込み、ティアの電子頭脳へのハッキングを再開した。

 これは一刻を争う戦い。いつ、どんなキッカケで最悪の事態が引き起こされるかわからない。

 ならば今は、とにかく終わらせることが先決。一瞬の出来事に判断を惑わせられた己を反省し、間もなく辿り着く終結まで再びの歩みを進めた。


「もう少しだ……もう少し……頼む……! あと15……!」


 数値によって明確になる、ティアを正気に戻せるまでの時間。

 せめて視界や聴覚だけでも先に戻せればと画策してはいたが、ノワールが施した改竄はそれら全てに紐付いており、一気に元に戻すしか方法はなかった。

 それでも、間もなく戻せる時は近づいている。これはエルフィでなければなし得ないことだっただろう。

 だが、一番の問題は大我側だった。

 深い傷こそ避けられたが、全身には血の流れる無数の裂傷。

 痛みは確実に心と感覚を蝕み、ずっと緊張しっぱなしだった精神はより疲弊していく。

 これまでの戦いとはまた大きく違う消耗に、大我はすり減らされていった。

 そこに、絶対に敵を倒さなければならないと信念を抱いたティアの斬撃が迫りくる。


「はああああああっっ!!」


 次第に鈍っていく大我の動作。今にもその刃は追いつきそうだが、それでも大我は頑張って躱し続けた。

 そのどれもが致命傷にならず、放った技一つだけしかはっきりとしたダメージにはなっていない。

 ティアはそれでも、己に課した使命の為に、いなくなってしまったと植え付けられた仲間への弔いの為に止まらず攻め続ける。


「私は、みんながいたアルフヘイムを守りたい!! もう帰ってくるみんながいなくでも、一緒にいた思い出を、この場所を無くしたくない!!」

 

 言葉をこぼすたびに燃える激情が、剣を握る力をさらに強くする。

 ティアの手は、人間や本来の生物なら皮が剥がれ血が滲む程に擦れており、事実彼女の手の模造皮膚は削れていた。 

 彼女の悲痛な叫びが、大我により歯を食いしばらせる。

 あともう少し。もう少しでその悲痛な幻想も解けるはず。大我は願いながら体を動かした。


「もう何も、失わせたりなんてしない。壊させたりなんてさせない! 私は……私は…………!!」


 大我の足元に、わずかな揺らぎが見えた。ティアはその瞬間、直感的に今こそが勝負を決める時だと悟った。

 今までの振る前提の構えから、正面から接近し決着を付ける為の突きの構えへと切り替える。

 大我も、彼女が何か大きく一歩踏み出したことを勘付き、筋肉の緊張を高めて何が来てもいいようにと心を整えた。

 突きの構え。明確なる殺の気配。白刃取りするか、大きく避けてかわすか。大我の心は後者を選んでいた。


「もう絶対に! 誰にもみんなを傷つけたりなんてさせない!!!」


 そして、ティアが己の風に身体を乗せ、一気に走り接近した。

 小細工は見られない。今までそんなことしてもいなかったし、彼女はずっと真っ直ぐだった。

 大我は脚に力を入れ、いつでも避けられるように準備を整えた。

 しかし、間もなく刃が届きそうだというその瞬間、不意に蓄積したダメージが響き、足元の力がほんの一瞬だけ抜け落ちバランスを崩した。

 

(しまっ……!)


 予想だにしていなかった己の不調。ずっと続いていた緊張感による身体の判断の誤り。

 それらが最悪のタイミングで重なってしまった。

 そして、ティアの刃は既に、大我の胸まで届いていた。


「やった大我!! 解除に成功し────」


 エルフィの喜びの声の後。まるで全ての時間が凍ったかのような感覚に襲われた。

 その視界に入ったのは、血にまみれた剣が背中まで突き抜けた大我の姿だった。

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