第407話 共に在る未来 6
感情に揺さぶられたからか、刃を押し出す両手が震えだすティア。
彼女には、目の前の敵が発した言動が許せなかった。
まだ信じたくない。本当は生きているのかもしれないけど、死んだと知らされた彼の名前を、得体の知れない敵が名乗ったことが。
「大我のことを……何も知らないくせに!!」
この時、大我は強い危険を本能的に感じた。
剣を掴み続けていれば、その瞬間だけは拮抗することはできるだろう。
だが、このままそれを続けても状況的に不利になるのはおそらく自分。風によって弾き飛ばされるか、風に斬り裂かれるか。そんな予感がした。
大我は、離した直後に刃が自分へ降りかからないように両腕の力を引き上げ、強引にコースを反らしていく。
ティアはそれに抵抗しながらも、剣が当たらない位置までうまく反れた瞬間に、大我はすぐに手を離し回避した。
加えていた力が外へ逃げ出し、前のめりになりながらふらつくティア。
なんとか足元を整えてバランスを取り直すと、ティアは悪意を全て斬り捨てんばかりの怒りに満ちた視線を大我にぶつけた。
「大我は……大我はここで産まれたわけでも無いし、出会った時は今にも死にそうだった! でも、本当にとっても勇気があって、いつも誰かを思いやって、自分を省みないくらいに頑張ってた!!」
今にも喉が吹き飛びそうな程の、ずっと側で大我を見てきたからこそのティアの叫び。
彼女にとって大我は、最初は偶然森の中で出会った知らない人間でしかなかった。
行く宛のなかった彼と一緒に暮らし始め、クエストや戦い、同じ日常を共有するうちに、とても大切な存在となっていたのだった。
一人では放っておけない。何かあったなら自分達にどうか相談してほしい。力になる。
そんな言葉を向けた大我へ、ティアは再び刃を振るい始める。
「バレン・スフィアも消してくれて、あんなにボロボロになって……それでも、ずっと欠かさずトレーニングもして、魔法が使えるようになったら練習も続けて、いつもいつも、強くなる為に頑張ってた!!」
感情が強く乗ったコースのわかりやすい刃をなんとか躱し続ける大我。
だが、大我自身も今、感情に揺さぶられて回避の足取りがやや重くなってしまっていた。
おそらくこれは、ティアがずっと思っていた本心なのだろう。
ずっと一緒にいたからこそ感じていた、大我に対しての尊敬の念。
当然、そんなことは思っていたとしても普段からはとても言いにくいし恥ずかしくなってくる。
だが、ティアはいつも見てくれていたのだ。もっと皆を守れるように、誰かを守れるように強くなろうとする自分のことを。
バレン・スフィアを消し、フロルドゥスを倒し、今にも死にそうな状態で戻ってきた後、自分を思いやる言葉を向けてくれたことを、大我は忘れていない。
ティアがいなければ、確実に今の自分はいなかっただろう。大我は強くそう思っている。
それだけに、戦いが長引くにつれて、彼の心はより、辛くなっていくしかなかった。
「誰かの為に戦う大我は、本当にいつでも凄かった……だから、いつか大我も安心して、何の心配も無く生きていられたらいいなって、ずっとそう思って……それを! あなた達が壊したんだ!! 私は! 絶対に許さない!!」
吐き出される魂の言霊が、大我の心を握りしめていく。
ティアの優しさから生み出される激昂が、大我の足枷となっていく。
手を出さず、ひたすら回避を続けても心に受ける辛苦が重なる度、次第に斬撃が掠め始めていった。
悪意の無い命の恩人を、ずっと一緒に居てくれた人に手を出すのか。
いくら幻覚を見せられ戦わせられてると言っても、手を出していいのか。
そんなわけがない。そんなことをすれば、いつか必ず後悔する。大我の強固な信念が、また新たな枷となった。
(頼むエルフィ……! 早く打ち破ってくれ!!!)
攻め続けるはティア側。守る大我側は次々と傷を増やすのみ。原状では圧倒的不利と言う他無かった。
「もう少しだ、もう少し……! せめて、先に視覚か聴覚だけでも……!」
二人のやり取りは、当然エルフィの耳にも入っている。
常に大我と一緒にいたエルフィは、二人がどれだけ信頼と時間を積み上げてきたかを一番知っている。
だからこそ、この哀しい戦いを一番見たくなかったのだ。
これは自分にしかできない役目。急いで架せられたプログラムを解かなければ、取り返しのつかない傷を負うかもしれない。
常に背後から追いかけてくる最悪の事態をなんとか回避せんと、エルフィも強い焦りを見せていた。
本来ありえない、あってはならない戦い。ティアへの二人の盤外戦は、時間との勝負へと移り変わっていくのだった。
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