第395話 騎士の矜持、憧れへの道筋 14

「ぐあっ……!!」


 今までなんとか耐え続けてきたエミルに、ついに入れられた明確な傷。

 後退している途中だったのが不幸中の幸い。刃の傷は予想よりも浅く、一応の距離も取ることができた。

 しかし、この戦いの中で最も深いダメージであり、エミルの顔は苦悶に歪み、身体を俯かせた。


「エミル!!」


 エウラリアの案ずる声が、彼の耳に届く。

 すぐにでも駆け寄ろうとするが、エミルは声を張ってそれを抑えた。


「大丈夫だ!! ぐっ……まだ、私は負けていない……これくらいは掠り傷だ……」


 だが、走る痛みが彼の足を揺らがせる。鎧を裂く程の切れ味を持つ斬撃を喰らい、無事であるはずがない。

 それでもまだ戦える限りはと、エミルは剣を持ち直し、両足を踏ん張った。


(……そうは言ったが、やはり痛いな……ぐっ……でも、ここで勝たなければ、どうにもならない!)


 大きな隙を見せれば、その時点で敗北へと引きずり込まれる。

 気合を入れ、根性で痛みを我慢しながら、再びリリィの方へ視線をぶつけた。

 しかし、そのリリィの様子は、先程よりもどこかおかしかった。

 

「……追撃が来ない?」


 怯んでいる絶好のチャンスなのに、さらなる攻撃を仕掛けてくる空気が感じられない。

 リリィは、先程エミルを攻撃した地点で立ち止まり、まるで魂が抜けたような立ち姿勢で見つめていた。

 だが、その視線もエミルの方を指しているという風にも感じられない。

 リリィの身体は先程よりも各部の痙攣が増加し、眼球の動作も揺らいでいた。


「頭部ユニットの損傷。システムチェックを実行中。バランサーが正常に動作していません。挙動の再修正。動作不良は現在誤差の範囲内」


 エミルが咄嗟に加えた反撃が、リリィの電子頭脳を損傷させ、全身の動作に不具合を発生させていた。

 今、彼女の中では必死に破損状態の確認が行われ、システム内の狂ったポイントを何度も修正し続けている。

 それでも、与えられた命令である戦闘行為は継続しなければならない。

 電子頭脳への負荷は増大し、彼女の挙動に支障をきたしていた。


「────行くぞ!!」


 諦めない意思に、天が少しばかりの恵みを授けてくれたのだろうか。

 ともかく、このわずかなチャンスを逃してはならない。

 そう直感的に判断したエミルは、歯を食いしばって痛みを塗り潰し、より剣を握り締めて走り出した。

 フランヴェルジュの焔が、より強く煌めく。

 そして、勢いを乗せつつ出せる力を込めて振り下ろすが、リリィはそれを、これまでよりも少し遅れた反応の後、両手で剣を握って受け止めた。

 

(考えろ! 考えながら打ち続けろ! 受け止められるのはわかってる! だが、確実に攻撃をぶつけられる隙はあるはずだ!)


 そこからエミルは、一切反撃の隙を与えないように、ひたすらに攻撃を仕掛け続けた。

 ほとばしる痛みに耐えながら、自分をひたすら消耗させながらの耐久戦。

 いくつも放たれる、全て当てるつもりの連撃を、リリィは全て捌き切っていく。

 だが、その時間が続くにつれて、エミルは気づいた。

 これまでの自身の放つ攻撃に対する防御速度は、まるで予言されているかの如き速さだった。

 だが、それまでよりも明らかに反応速度は落ちている。

 防御に入る前の予備動作、剣を置く速さが一歩遅くなっているのだ。

 可能性の扉が開けたような感覚を覚えたエミルは、そのラッシュの中に一発だけ、当てる気の無いブラフを混ぜた。

 その斬撃のコースは、リリィの目の前を掠るだけ。普通ならば避けるにしても警戒しつつ後方に下がるか、まともに受け止めるだろう。

 だがそれを、リリィはこれまで羽衣の如く避けてみせていた。

 反応が遅れ始めた今なら、何か変化があるかもしれない。もし未だ超常的な回避を見せるのなら、二の撃としてショルダータックルを放つ意識もしている。

 もう敗北への流れに身を投げ出されるようなことはしない。

 そのフェイントの一発を、エミルは放った。


(防いだ……!!)


 なんと、リリィはそれを避けず、剣で受け止めたのだ。

 疲労とダメージの蓄積で余裕が無くなり始めたのか、はたまた何か別の原因があるのか。

 見当は完全にはつかないが、エミルはここで確信した。勝ちの目が少しだけ見えた。霧が晴れたと。

 その勢いはさらに加速する。

 鍔迫り合いの状態から、エミルは一気に力を入れて押し込み始めた。

 地面に擦れ跡がつくほどの全力ぶり。

 リリィは力比べに入ったと判断し、四肢の出力を上げて押し込みつつ、怯んだ隙に突きを与えようとした。

 

「出力上昇」


 リリィからの圧力がより噴き上がり、鍔迫り合いの均衡が崩れようとしたその時、エミルはふっ、と、わざと力を抜いて横に滑らかにずれるように移動した。

 競り合いの対象が突如失われたリリィは、負荷のかかった電子頭脳で、次の行動を再演算しようとする。

 眼球を先に動かしてエミルの方を向くが、既に遅く、背中に力を込めた裏拳が叩き込まれた。


「ぐうっ……!」


 今までそこまで放ったことのない裏拳は、威力としてはそこまで大きいわけではない。

 鎧の上から殴った分、痛みが直にエミルに響いてくる。

 だがそれでも、リリィの身体を倒すには充分だった。

 失われた力の行き場に重なり、処理能力が損傷と負荷によって遅延し始めた結果、姿勢制御が遅れ、リリィはうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 拳が鎧を撃つ音の後で、再びがしゃんと音が鳴る。

 無表情のまま顔から落ちたリリィは、顔中に砂埃が付着し、鼻と額を思いっきり打ち付け、一時の衝撃によって眼球までも地面にぶつかってしまった。

 

「よし……!」


 元来リリィを含めたネフライト騎士団の団長は、騎士のあるべき姿、理想の高潔なる団長の姿として製造されてきた。

 それ以外の部分はほぼ必要とされず、団員や外部の人間と接触する為の能力や戦闘能力ばかりが付与されていた。

 その力は、騎士として、剣士としての最高の剣技である。

 だが、そこにはなんでもありの戦法はプログラムされておらず、学習し続けるか新たに組み込まれるかでもしなければ対応ができない。

 不幸にも、これまでの団長ほぼ全員が、引き起こされた出来事に対して、その最高峰の剣技のみで対処できた為、学習する機会が無かったのである。

 結果、剣技以外の部分でも戦い始めたエミルの戦術に対応が遅れ、ダメージを負い始めたのである。

 そんな現状は、エミルには完全には言語化出来ておらず、どうしてそうなっているのかの根本もわかっていないが、本能的な「行ける」という確信という形で胸に刻まれ始めていた。


(活路は見えた……! だが、油断はできない。相手は団長だ。ここからでも敗北の可能性は残されている)


 だが、慢心はしない。できない。

 目の前にいるのはあの団長だ。

 それでも、自分は勝たなければならない。

 腹部の痛みにわずかに膝が揺らぎ足を止められながらも、エミルはゆらりと立ち上がるリリィを見据えた。


「私は……ここで勝つ! 必ず!!」


 勝利の為に、己を奮い立たせるように啖呵を改めて切ったエミル。

 その声は、リリィには届かない。それでも、彼の言葉はさらなる戦いへの活力を引き出した。 

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