第348話 剛の拳、柔の矛 2

 この瞬間、バーンズの内側に大きな違和感が生まれた。

 明らかに意図的に二人を見逃し、タイマンの形に持ち込んだ事。

 味方であろう乱入した量産兵を、有無を言わさず撃破した事。

 加勢が入ったことから、少なくともアリア=ノワール側に属している形なのは間違いない。

 ならば、助太刀を拒絶する理由も無い。まとめて襲いかかり倒せばいいのだから。


「こいつ、まさか……」


 それをしなかったということは、何かある。

 そもそも切り抜けて後々合流する事を信じていたのだから、敢えて裏切るような作戦も立てていない。

 バーンズは、ぶつかり合う前に探りを入れる事にした。


「……イル、お前に何があった。騎士団として戦ってたんじゃないのか」


「はっ! 今の私はアリア=ノワールの側についてんだ。ノワール様が、お前にさらなる力を授けてやるってな」


「お前はそれで揺らぐような奴じゃないだろう。丁寧な態度や礼節、言葉遣いだって、レイピアの扱いだって、あんだけ努力して身につけたじゃねえか」


「勘違いしてたんだよ。私に必要なのは絶対的な力だ。あの頃みたいな、好きに暴れて何もかも壊せる力だ。ノワールはそれを改めて気づかせてくれた。私に言ったんだよ。お前はあの男に、バーンズに勝ちたいんだろう? ってな。途中までは打ち倒すつもりだったが、それを言われた直後に揺らいでな。そしたら不思議と、頭ん中が、身体中が生まれ変わってくみてえな感覚が来たんだよ!」


 バーンズは、イルが口にした言葉を一つ一つ頭の中でまとめ、自分なりの結論を導き出そうとしていた。


「それに言ってたよな、私のパワーを活かした武器でも持てってな。だからこうやって、助言通り持ってやったよ! 私は目覚めたんだ。本当に戦いたい相手が誰かってな! こうしてまた闘りあえるなんてよ、今度こそてめえの頭を地面にめり込ませて、私の方が上だって思い知らせてやろうじゃねえか!」


「そういうことか。だいたいお前の言うことはわかった」


 バーンズの導き出した結論は、至極シンプルだが拗れに拗れている面倒なものだった。


「あのノワールとかいう奴に洗脳されてやがるな。洗脳されてはいるが……」

 

 アリア=ノワールからの、イルの内心につけ込み根をはらせた洗脳。それがイルが現在敵対している理由。

 しかし、ただ洗脳されているだけではない。それがかなり中途半端に解けかけてしまっている状態なのだと推測した。

 急ごしらえだからか、それともイルの意思が変な所で妙に強かったのか。

 途中でノワールを呼び捨てにしたり、様付けにしたりとやたら不安定で、まるで忠誠を誓っている素振りもない。

 敢えて洗脳されたふりをしようにも、イルにそんな器用なことはアドリブではまず出来ない。

 戦うべき相手が誰かわかったと言いながらも、エミルとエウラリアの見逃しと仲間殺しをしている以上、それが最も納得の行く結論だった。


(…………一番面倒くせぇ!!)


 だが、それ故に最も煩わしい状態とも取れるのであった。

 敵として自らの感情を豪快に曝け出した以上、イルが口にしていたのはおそらく本音。

 バーンズに勝ちたい。副隊長の座に着き、自分なりの立場的努力や技量の研磨を重ね続けていても、どこかで悔しさが燻っていたのだろう。

 仲間として、隊長を助ける立場となって、その強さを認めて協力し合っていても、わずかな黒が小さく、そして根深く残っていたのだろう。

 アリア=ノワールはそこにつけ込んだのだ。

 今のイルにあるのは、感覚的に敵対者として立ちながらもノワール側の事情はどうでもいい。

 胸の奥から湧き上がる対抗心、敵対心、勝負欲、撃破欲、己を打ち負かした者への挑戦心。

 それらを全てまとめた闘争心を燃料に動く暴走機関車。それが今のイルだった。


「力には力で捩じ伏せ返す! パワーは私の専売特許だ! それをぶっ飛ばされて、負けたままでいられるか! さあやろうぜバーンズ、どっちかがぶっ潰れるまで!!」


「――――負けず嫌いのお前らしいな。こんな形にはしたくなかったが……いいぞ、お前のリベンジを受けて立ってやる」


 イルの巨大剣を握る手がさらに締められる。

 まさしく人の形をした怪獣とも言うべきイルを形作る空気。

 仲間に引き入れてからも強くなり続けた彼女の怪力は、バーンズの助力によって制御できるようになった。

 そのタガが外れたとなれば、油断すればただでは済まない。

 バーンズはふうっと全身の流れを整え、しっかりとイルの姿を捉えた。


「やり合う前に一つ聞きたい。さっきは流されたがな、お前、そうなってから隊員や街の人に手を出したか。一人でも殺したか」


「あぁ? んなわけねえだろうが。何度も言ってんだろ、最初から眼中にあるのはテメエだけだ」


 バーンズの胸中は安堵に包まれた。その言葉が聞きたかった。

 外道に堕ちたのなら、徹底的に叩きのめさなければならなかった。

 だがバーンズは知っていた。ならず者だった頃から、無闇に人殺しをする奴ではないと。


「そうか。なら……安心した!」


 その時、アルフヘイムの南地区方面から、地響きのような轟音が鳴った。

 それをゴングとするかのように、ほぼ同時に、イルが大剣を振り被りバーンズに向かってきた。


「いくぜバーンズゥゥーーーー!!!!」


 今ここに、ネフライト騎士団第2部隊隊長格同士の衝突が始まった。

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