第347話 剛の拳、柔の矛 1

「対面したか。ほぼ予想通りの時間だが……こればかりは私に運が向いたな」


 量産兵達の視界から、大我達、騎士団隊長達の衝突を監視するアリア=ノワール。

 その表情にはどこか、一つの安堵を覚えたような雰囲気があった。


「B.O.A.H.E.S.とフロルドゥスを潰された時点で、私の戦力は大きく削られていた。セレナは再利用したが……量産兵だけでは心もとない。私が四方八方に仕込んだウィルスプログラムを利用し、様々な事象も誘発させて混乱を引き起こしつつ時間を稼ぎ、あわよくば戦力増強とも考えたが…………どれも力不足だったな」


 これまで外界への立ち振舞に隙を見せていなかったノワール。

 しかしその内側では、計画を崩されたことによる揺らぎが確かにあったのだ。

 

「一体、戦闘特化の兵を製造したが、数の面で問題が生じる……直前にアリアが、精鋭をアルフヘイムから逃したのもそういうことなのだろう。自身のシステムが掌握される前だというのに、抜け目のない」


 それでもノワールは、手に入れた権能と残された状況を駆使して、可能な限りに戦力を整えてしまったのだ。


「だが、風はまだ吹いていた。アリアが造った防衛機構の傀儡に、確保した量産兵のオリジナル。それらは利用価値がある。あとはあのイルと言う元ならず者か。予想外の原石だったな」


 ノワールは手元からホログラム状にデータベースを開いた。


「イル=デュラン。エヴァン=ハワードと同じ『規格外の存在』か。素質は計り知れないが、未熟な上に本人の人格データが、それとは真逆の方向を向いてしまっている。内なる願望を引き出し、さらに本来の力を引き上げる。それで充分に戦力になるだろう」


 稀に世界に産まれる、地上の住人としての能力の上限を超えた規格外の存在。

 怪物や戦神とも形容できる、自ら極限まで鍛えて身につけたわけでもないイルの怪力は、まさにそれに当たる。

 ノワールはそれに目をつけたのだった。


「今から新たな戦力を作るにはリソースが限られている。ならば、女神としての力を利用し、お前が創り出した世界の住人を利用させてもらおう」



* * *



「いつテメェが来るか待ち遠しかったんだよ! ようやく来やがったな!!」


 荒々しく凶暴なならず者だった時代に回帰したように、啖呵を切り威圧するイル。

 その狂犬的な気迫は、当時の比ではない。明確な脅威としての存在感があった。

 信頼を向けていた騎士団の仲間が、目の前に敵として立っている光景に、言葉が詰まるエミル。息を呑むエウラリア。

 そして、常に隊長として近くにいたバーンズは、仕方ねえバカだというような顔で、じっと彼女から視線を反らさずにいた。


「随分懐かしい雰囲気で来たじゃねえかイル。で、俺達の隊員はどうしたんだ。何人か一緒に残ってただろ」


「あぁ!? んなことはどうでもいいんだよ! 私の目的はただ一人、テメェだけだ! 邪魔するなら全員まとめてぶっ飛ばす!」


「話の通じなさも昔みてえだな。…………二人共、ここは俺に任せて先行ってくれ」


「……いいのか? 明らかに何かあるぞ」


「あいつとは長くいるんだ。その辺りのことはよくわかってる。それに、ウチの隊の不始末は、しっかり隊長が尻拭いしねえとな」


 バーンズの意志は固い。エミルはその眼を見て、声を聞くだけでもよく理解できた。


「わかった。死ぬなよ、バーンズ」


「死なねえよ。エウラリアも、しっかり副団長をサポートしてやれよ」


「もちろんです。やられたら、治すけど承知しませんから」


 長くは語らず、エミルとエウラリアはバーンズを置いて先に進んだ。

 すぐ側を横切る隊長二人に、イルは一瞬目を反らす。

 瞬間的にエミルは腰の剣に手を置いたが、結局何も手を出すことなく突破した。

 戦場に作り上げられた二人だけの空間。

 直後に、量産兵のうち一体が何を思ったかバーンズの方を目がけて飛びかかってきた。

 が、イルの左手による裏拳が頭部に叩き込まれ、まるで果物が弾けたように吹き飛んでしまった。

 イルの体幹は一切ブレていない。そうなることが当たり前かのように。


「邪魔すんじゃねぇよ。バーンズを相手するのは私だけでいい」

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