第345話 希望は託された

 大我達が二手に分かれ、アルフヘイムへの進攻を開始したその頃。

 避難所では、ミカエルを先頭にした騎士団隊員達に守られながら、アリア率いる者達の勝利を心から願っていた。

 自分達を囲う森の奥から聞こえてきていた、激しい衝突の音。

 それは徐々に小さくなっていき、いつしか耳に入らなくなった。

 ミカエル達からは、戦地へ踏み出した者達の姿は見えることはない。音も無ければ、あとの出来る事は勝利を信じることのみ。

 この日の敵襲は未だ起こっていない。アルフヘイムの中心から伸びる、雲を纏う世界樹ユグドラシルを見つめながら、ミカエルはじっと終わりの時を待ち続けていた。


「戻ってきたね、フェリクス」


「はっ、避難所周囲を重点的に、隊員の配置は完了しました。それぞれに第3部隊隊員も配置し、異常が発生次第報告も可能です」


「ありがとう。さすがは僕の部下だ」


「いえ、これも当然の努めです」


「…………フェリクス、君はどちらが勝つと思う? 神様が率いる我々か、アリア=ノワールが率いる者達か」


 フェリクスはいきなりの質問に、フードの下からも少し困惑している姿が伺えた。

 基本的にミカエルとの会話は、仕事上の物しか交わさない。常にフェリクスは任務に従事し動き続けているというのもあるが、あまり日常的な表情を見せることもないからである。

 少し間を置いた後、フェリクスは己の個人的な気持ちも込めて口にした。


「勿論、私達です。私達は勝たなければなりせん」


「……だよね。君にも、そういう熱い気持ちがあるとは意外だったな」


「そ、それは……」


「そうだよ! 俺達の騎士団が負けるわけねえんだ!」


「え、ち、ちょっと君達……」


 フェリクスがやや可愛らしい驚きの声を出した直後、周囲にエルフの少年達が集まり、勝利を願う声に同調した。

 それをキッカケに、周辺にいた人々の視線や意識が、ミカエル達の方へ向く。


「あんなつええエミル隊長が負けるとは思えねえよ! すっげーんだぜあの人! 街で暴れてた魔術師が作ったでっけーゴーレムを、こう、ドーン! って真っ二つにさ!」


「バーンズ隊長もだよ! 爆轟剣みたことあるだろ? あの気持ち悪いモンスターが出てきた時さ、でっかい剣振って爆発してさ!」


 子供や少年達から一身に向けられた、憧れの感情。今この場に本人が居ないのが少し悔やまれるが、これを聞いたら喜ぶだろうなと、ミカエルは思った。

 その頃、フェリクスは妙に子供達に懐かれ、少し困った様子を見せていた。


「ねーねー、またアレやって! いきなり消えて遠くから出てくるの!」


「えー、そっちよりもキラキラした竜巻の方がみたいよー!」


 かつて子供達をなだめる為に何かしらのパフォーマンスをしたのか、とても懐かれるフェリクス。

 フードの下で困り切っているのが目に見えているが、わずかな平和が少し心地良いのか、どこか満更でもない様子だった。

 その一方、ミカエルは子供の保護者や、一緒に居た人々と、暫しの会話を交わす。


「元気なお子さん達で良いですね。誰も沈んでいない。子供も大人も、誰もが負けるなんて思っていない」


「もちろんですよ。あの神様に選ばれた人達の強さは、私達が見てるんですから」


「いい機会だ。よければ聞かせてもらえないですか。皆さんが神様と共に向かった人々を信じる理由、根拠、信頼を」


「エヴァンさん、ずっと最強って感じで敵わねえよなあ。俺さ、エヴァンさんの事知らなった時に初めて出会って、こいつ弱そうだなって舐めてかかったらさ、笑顔のまま一発も当てられず負けちまったよ」


「アレクシスの親方なら、あのノワールとかいう奴にでけえのブチ込んでくれるにちげえねえ! 10年のブランクがあったってのに、また強くなってんだぜ? まったく、呼び戻す弟子の身にもなってほしいって」


「クロエさん、銀界の魔女の二つ名に違わず、クールビューティーって感じで綺麗よね……酒飲んで暴れてた悪名高い山賊が、すれ違いざまに凍らされた時も何事もなかったかのように……ああ素敵……」


「迅怜の奴、ずっと人狼な自分のことを恨んでるけど、それでも俺達よりどこまでも努力してんだよな。ちょっとやそっとじゃ、あんな高みに登れる気がしないな。あいつは……俺達の誇りだよ」


「エヴァンさんの妹いるだろ。あいつ、兄貴にべったりで腰巾着かなんかと思ってたんだけどさ、一回盗賊に襲われた時に助けてくれたんだよな。なんというか……敵わないなって思ったよあの時」


「前まで近寄りづらいな、怖いな……って思ってたんです。ラントって人のこと。なんだかいつも必死な感じで。けど最近はなんか、憑き物が取れたみたい……それでいて、ずっと前から努力し続けてるのは色んな人が知ってますから」


「大我とかいう奴。最初は得体の知れない奴で不気味だった。見かけねえ顔なのにいきなり神様に選ばれて、右も左も分からないって雰囲気だらけなのに、なんでこいつが……って思ってた。けど、今にも息絶えそうなくらいにボロボロになった姿を見ちまったんだ。後から聞いたよ、あいつがバレン・スフィアを消滅させたんだってな。強さはともかく、あいつは本物だ。優しいって話も色んなとこで聞く。そんな奴を信じられなきゃ、誰を信じられるってんだ」


 諜報隊として薄汚れた話ばかり聞くミカエルの耳に入る、人々の清廉なる信頼。

 アルフヘイムの人々は、間違いなく君達に希望を託している。

 これで負けてしまったのならば、僕は君達をただじゃおかない。そう思える程に、ミカエルは久方ぶりに温かく明るい気持ちを抱いた気がした。


「…………皆さんのその言葉、聞けて大変ありがたいです。フェリクス、今耳にした言葉は、絶対に忘れるんじゃないぞ」


「り、了解しました……ああちょっと!」


 その希望と信頼が届いたか、大我達はさらなる戦力加入と共に、誰ひとり欠けること無くアルフヘイムへと突入することができた。

 馬車一台を失った以外は、現時点では順調という他ない。

 だが、アリア=ノワールより剥けられし牙は、鋭く彼らに食い込み、試練を与えることとなる。

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