第341話 いざ、アルフヘイムへ 5
それまでは無かった、明確に内側に向けられた警告の声。
馬車は頑丈であり、上にいる四人の実力も間違いない。
なのに警戒が促されるということは、両方に与えられる大きな衝撃、その懸念材料が現れたということ。
馬車の中から、エミルとエヴァンがそれぞれ顔を覗かせ、理由を問う。
「一体どういうことだ、衝撃とは……!?」
「……そういうことか。みんな! しっかり全身に力を入れて踏ん張るんだ!」
顔を出した瞬間、その質問は無に帰した。目の前の現実がそれを答えてくれたのだから。
それまでは何倍もの数を利用し、新たに付属された四足歩行能力と、人間のままの姿で襲撃してきた偽ティア達。
だが、そんな彼女達の心臓部と腹部が、紅く発行していた。
それを、迅怜の電撃が貫き後方へ吹き飛ばし、ラクシヴの肉槍が心臓を突き穿つ。
次の瞬間、紅く光る偽ティア二体が、大気を震わせるような爆発を起こした。
爆風は大地と馬車を痺れさせ、乗員たちにも衝撃を与える。
肉体の触れていない迅怜は何事もなかったが、繋がったままだったラクシヴの肉槍は、それによって爆散した。
「うわっ!? 嘘だろオイ!! こいつら恐怖心とかねえのかよ!?」
「ねえに決まってんだろ妹野郎! ネクロマンサーが操る死体と同じだ! 主人の命令なら相打ちだって厭わねえよ!!」
友達の姿をした無数の敵が、無表情で自分の身体を爆散させていく。
自分達を潰す為だけに、自らの身体を一度きりの兵器として、ゴミのように吹き飛ばしていく。
量産されるが故に、いくら自死しようが、身体の一片も残らなかろうが、何ら問題もない。
心の奥底から沸き起こる嫌悪感。それでも、確実に射抜き排除していく。
他の三人も同様、より力を入れて遠くへ吹き飛ばし、確実に馬車へと近づかせないようにする。
飛ばされた偽ティアが樹木へ衝突し、爆発。木の幹が吹き飛び、地面へと倒れていく。
一瞬にして危険性が増大したこの状況。尚も偽ティアの数は増えていく。
まさしく爆弾が突っ込んできているようなものである。
「まだ集まってきてる……! どんだけいんだよこいつら!!」
明らかに先程よりも、馬車周囲に集まる数が増え、ペースも早くなっている。
走る音や破壊音を耳にして襲撃してきているのか。そもそも、これだけの数が待機していたのか。
アルフヘイムの門へ到着するまでもう間もなくだというのに、一気に到達の可能性が暗くなり始めた。
徹底的に破壊し対抗していたその時、振り向きざまに四足歩行の偽ティアが抱きついてきた。
「しまっ……!」
まるで全身を鉤爪のように使い、胸部と腹部を紅く光らせ、じっと監視するような目線でアリシアを見つめる。
振り解こうとした刹那、偽ティアの顔に突如、ティアと同じ柔らかな表情が生まれた。
「アリシア、大丈夫だよ。私はずっと友達だからね」
ティアの声。ティアらしい可愛い笑顔。ティアの優しい態度。ティアとの今までの記憶。
異形の姿をしたそれが、思い出と絆を発露した。
その悪辣さに、アリシアの全身の力が怒りに湧き上がった。
「――――黙ってろ。その顔で! 声で! あたしの友達を馬鹿にすんじゃねえーー!!!」
服の上から、模造皮膚を突き破る程に背中を掴み、自分の怪我の可能性すら投げ捨てて、強引に引き剥がし、後方に投げ捨てた。
その瞬間、開放された両手両足をかしゃかしゃと動かしながら、悲しそうな表情を見せた。
不愉快な幻覚を立ち払うように、紅く光る矢を、顔を中心に何本も叩き込み、爆散。
悪夢を塵に帰した。
「ちぃっ! もう少しだってのに! うじゃうじゃ湧いてきやがって!!」
「こいつらマナーってもんを知らなすぎるな! エヴァン、おめえも手伝え!」
「もとよりそのつもり……だけど、これはまずい」
これはまずいと、車内で待機していたエミル達やエヴァン達も、入口をこれまでよりも大きく、全て開き徹底応戦する。
一撃で頭部や足元、移動や動作に影響を及ぼすであろう箇所に大きなダメージを与え、少しでも数を減らす。
ガイウスとアウルスも、馬車に備えられた反撃魔法の宝石を叩き、弾き飛ばしながら対処する。
道中に無数に転がる残骸。車輪の跡に積み上がる、少女の形をした屍。
そして、ようやく木々が晴れ始め、真正面にアルフヘイムの南門が目の前に据えられたその時。ガイウスの声が皆の耳に届いた。
「!!? いけません! 皆さん! 脱出の準備を!」
直後、ガイウス側の馬車が大きくガクンと傾き、地割れが起きたかのような振動が発生した。
馬車の下より現れたのは、いつ頃からか張り付き、車輪にも寄生するようにしがみついた、紅く光る偽ティア達だった。
激しい道中。常に暴れ馬のような走行と、戦闘のど真ん中。
量産兵も人一人とほぼ変わらない重量とはいえ、完全に気づいた時には遅かった不覚。
偽ティアは達は、車輪に四肢や頭部を削られ、潰され、模造皮膚を破られながらも決して離さない。
そして、エミル達の馬車の下方から、大気を震わせんばかりの爆発が起こった。
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