第336話

「地上の皆さん。私が啓示した5日間にしたがっていただき、嬉しく思います。これは、アリア=ノワールが私達を制圧する準備を完了するまでの時間、そして、私達がアルフヘイムを取り戻す準備に要する時間を総合し、こちらが最も有利な時を選択しました。女神として感謝します」


 誰もが耳を傾け、真剣に彼女の姿を目に焼き付ける。

 皆は信じていた。自分達の平和な時を取り戻すことを。神様であるアリアの導きの言葉を。


「今ならば、勝利へ繋がる糸を手繰り寄せることもできるでしょう。しかし、決して油断してはなりません。神の座を塗り替え、我が物にしようとする者は、これまで一柱としていませんでした。それでも、私達は必ずそれを乗り越えられます。これは神としての信頼の言葉です」


 今までずっと、天から見守ってくれていた神様が、自分達のことを「信じている」と言ってくれる。

 存在を胸に抱き、常日頃から信仰してきた人々にとって、目の前で与えられたその言葉は、まさしく天啓と言う他ない。

 

「――――これより、私が選定した、共にアルフヘイムへ向かう戦士の名前を告げましょう。どうか、命を燃やし闘いに挑む者達の無事を、勝利を祈ってください」


 そして、アリアの口から、5日間の中で思考し続け選んだ戦士達の名前を、一つずつ、はっきりと口にした。


 エヴァン=ハワード

 アレクシス=ヴィーデン 

 迅怜

 クロエ=グレイシア

 エミル=ヴィダール

 バーンズ=アームストロング

 エウラリア=ローラン

 劾煉

 ラント=グローバー

 アリシア=ハワード

 そして桐生大我とエルフィ。


 この日の朝。大我以外には、自らその旨を伝えに予め話をしに行っていた。

 それにより、覚悟を決めた選ばれた者達は、驚きもせず、ただただそれを事実として受け入れていた。

 内心で、こんな偉大な人々と肩を並べられることに涙を流しそうになっていたラントを除いて。


(まだ実感が湧かねえ……ミカエルさんやシャーロットさんみたいな騎士団の隊長格を押し退けて、俺が選ばれるなんて……!)


 ずっとずっと強くなることを、人々の為に戦うことに憧れ続けていた彼にとってこれは、二度とないであろう機会。

 だが不思議と、その高揚感はすっと全身に駆け巡り、死地へ赴く覚悟へと変換されていった。

 実現したならば憧れのままではいられない。あとは与えられた役目を、使命を、己の拳に従い全うするだけ。

 神様が選んでくれた期待を絶対に裏切りはしない。少し浮かれていたラントの表情は、一気に決意の顔つきへ変わっていった。

 その最中、エミルは人々の前に身を乗り出し、騎士団が護るべき人々へ、そして部下である隊員達へ、副団長としての言葉を向けた。


「…………私達はこれから、戦場となったアルフヘイムへと向かいます。善良なる人々の日常が奪われてしまったこと、そしてそれに対して何も出来なかったことを、私は不覚に思っています。だが、私達はそれを必ず取り戻す! ネフライト騎士団の副団長として宣言します! かの偽神から全てを奪還する! 奪われたままには決してさせません!」


「そして、これは我が部下達へ捧ぐ言葉である! 君達はこの5日間、本当に強くなった! これは君達の、人々を護る使命を胸に抱いた決意の証だと思っている! 無辜なる人々に刃を向けさせるな! 傷を生ませるな! 悲劇を作り出すな! 我らは生ける絶対防壁である! 私達がいない間、ミカエルとシャーロットの元でその命を全うせよ!!」


「「了解!!!」」


「あーらら、副団長ったらえらい気合入ってるねえ。正直今の言葉、結構好きだぜ」


「バーンズ隊長も言えた義理ではないだろう。知っているぞ、集まる前に一人ひとりに言葉を向けて鼓舞していたのを」


「…………盗み聞きはよくねえなあ副団長よぉ」


「盗み聞きというには思いっきり響いてましたけどね」


 魂からの言葉をぶつけた後の柔らかなやり取り。

 緊張がある程度ほぐれたところで、三人の元にミカエルとシャーロットがやってきた。

 

「僕も正直戦いたかったんだけどね。この現状だと、隊長格がいなくなるのは不安要素でしかないから仕方ないけど」

 

「その通り。だから、隊長達は思いっきり暴れてきてね。死んだら承知しませんから」


 騎士団側で、最後の言葉を交わし合う一方、大我やラント、アリシア、それと一緒にいるエヴァン達は、また違う緊張感を抱いていた。

 そこに、人々の傷を第4部隊と共に治療する役目を担ったグレイスが、言葉をかける。


「…………今度は、あの時のようにはならないでね。もう、みんながずっと苦しむ姿なんて、考えたくもないから……」


「もちろんだよ。それに、僕達はあの頃よりも強くなったし、乗り越えられた。今度は――――勝つさ」


「ああ。前よりも減りはしたが……それでも、俺達にゃあ頼りに仲間がいる。そうだろ、迅怜?」


「……フン。俺の足を引っ張るなよ」


「ほんっと相変わらずだなお前さんは。こういう時こそ大事ではあるがな」


 大我は、ラント、アリシアと共に沈黙が広がる空間で、たくさんのことを脳内で巡らせていた。

 それはこれからの覚悟を決める為。逃げ場などない。逃げる気もない。これから自分が先へと進んでいくのだ。

 大我は思いっきり深呼吸し、ふうっ、と息を吐いて気合を入れた。


「…………よし! いくぞエルフィ! ラント! アリシア! アリア=ノワールの野郎から、街も、ティアも、そんでセレナも取り戻してやろうじゃねえか!」


 思いっきり精神と身体を引き締める為の、ボリュームを上げた声を二人の耳に刺さる。

 緊張を全身に包んでいた二人の力が、ふっと抜けてくる。特にラントには、その決意の意思から生まれそうになっていた力みが、ちょうどよく解れた。


「…………おうよ! やってやろうぜ!」


「あたしも、お兄ちゃんの足引っ張らないように頑張るさ。それで、セレナもいるなら一発怒ってやるから!」


 怯え竦む者はいない。これで準備はそれぞれに整った。

 ミカエルが用意した最高性能の馬車に全員乗り込み、決戦の号令とばかりにアリアが声を上げた。 


「さあ、行きましょう! いざ、アルフヘイムへ!」


 こうして、神と神の小さく大きな最終決戦が幕を開けた。

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