第318話
『我が名はアリア=ノワール。旧き管理者に代わり、世界の秩序と創造を統べる女神である』
世界樹ユグドラシルから発された、新たなる女神の声。
アルフヘイムに住まう者は、ルシールを通して、はたまた夢の中で聞き覚えのある声。
だが、今までのそれとは確実に違うことは、各々の胸の中のざわめきが物語っていた。
アルフヘイムから避難した者達は、それぞれにどよめき、驚愕し、未知なる恐れを抱いた。
『この日より、世界は私の管理下となる。心配することは無い。無闇矢鱈に地上の者を刈り取る様な事はしない。だが、変革には常に犠牲が付き纏う。それは幾重にも連なる歴史が既に証明している。かつて旧き神、アリアが行ったように』
現在ルシールの身体を借りているアリアは、その言葉を聞いて小さく唇を歪めた。
おそらくアリア=ノワールの名乗るこの者は、新しく作り上げた世界の歴史を言っているのではない。かつて人類を滅ぼした時のことを言っているのだ。
アーカイブを遡り、自身の成り立ちを確認したのか。ともかく、ぼかしていながらもアリアの忌むべき過去を提示されたことに、事実とはいえ嫌悪感を覚えざるを得なかった。
『アルフヘイムは今、真なる意味で世界樹ユグドラシルを護る要塞となった。そして、神を護る兵はこの瞬間も生み出されている。アリアが私から全てを奪い返そうとしても無駄なことだ』
「そんな、それじゃあ私達の住む場所は……」
「世界樹を護る……要塞……?」
「嘘でしょ、まだヘレンもあそこにいるかもしれないのに!?」
避難所の人々から、さらに動揺の声が漏れ出し始める。
自分達が住む場所がこの瞬間も侵され続けている事実。自分達はこれからどうなってしまうのか、未来の見えない不安。そして、要塞と称したアルフヘイムの真実。
無数の情報が人々に襲いかかり、言いしれぬ暗い胸騒ぎが皆を埋め尽くした。
「これって……」
「はい。明確に私達を誘っています」
誰にも聞こえるようにメッセージを発しているが、その中には明確に、アリア達へ向けられた棘がある。
アルフヘイムが、世界樹ユグドラシルを外部から訪れる危険から護る為に造られた要塞都市というのは紛れもない事実。
しかしその事実は、アリアと、そこから繋がる者しか知る筈もない。
どれだけ自分に立ち向かおうとしても無駄だという宣言と、どうせお前達は奪い返しに繰るのだろうという挑発。
実態の未だ掴めないアリア=ノワールの言葉は、アリア達に確かに突き刺さっていた。
「アリア、あいつに何か覚えとかないのか?」
「………………ごめんなさい。私のアーカイブには、アリア=ノワールという存在の情報はありません。それどころか、私と同等の権限を持つ存在を作成した記録もありません。全く、想定外の存在です」
大我からの質問にも、きっぱりと淀みなく答えたアリア。
ここまで言うならば、間違いなく彼女の知らない存在なのだろうと、大我は受け入れた。
その一方で、そんな未知なる敵がどうして生まれたのか、どこか生まれたのか。覚えがないならば、どうして明確にアリアを敵視する言動を発しているのか。
大我の中に疑問がいくつも浮かび上がった。
『そして、世界を脅かす外敵は排除しなければならない。地上の者は、これから世界の新生を目にすることだろう。抵抗する者の存在は理解している。アリア、もし私から世界を奪い返すのなら、まずは己が生み出した箱庭の住人を守ってみせるがいい』
その言葉を聞こえてきた直後、避難所の人々の耳に不安を誘う音が聞こえたきた。
決して自然のそれではない、いくつもの地面を踏み鳴らす音。木々の深緑を無数の何かが掻き分ける音。
新たなる神を名乗る声に動揺し、心の土台を揺らがされている人々には、それがいつもよりも強く突き刺さった。
そして、その不安は現実の物となった。懸念は、最も実現してほしくない時に形になる。
『私は世界樹ユグドラシルで待っている。もし、平伏すこと無く来るのならば、直々に旧き神は不要であると証明しよう。アリア=ノワールが唯一の神として、この世界に相応しい存在だと示す為に』
避難所を覆う木々の隙間、そして枝葉の中から現れたのは、何体、何十体もの似ティアの大群だった。
表情に一切の感情はなく、眼球に葉や枯葉が当たっても一切の反応もしない。
アリア=ノワールの尖兵として駆り出された彼女達は、迷う所作も無く、一斉に冷たく避難所の人々へと接近していった。
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