第303話
「大我! 姿勢を低くしろ!!」
「バカ! そんな悠長にできるかよ!!」
エルフィが周囲にマナのバリアを張りつつ、大きな火炎弾の連射によってまとめて撃ち通す。
そこから打ち漏らされた氷塊は、大我の炎を纏わせた拳によって砕かれ、自らの手でも防御した。
だがその弾の数は膨大であり、いつこの攻撃が止まるのかも予想がつかない。
その上、もし一発でも胸に当たれば、心臓を丸々潰して貫きそうな程の大きさと形状。失敗は許されなかった。
「流石に堪えそうだ……ぐっ!」
エヴァンはナイフの切っ先同士をかち合わせて合体させ、盾を作り、空中に浮かせたそれに身を隠した。
金属の重い衝突音が無数に鳴り響き、衝撃が身体に伝わってくる。
自身の武器で何の準備もせずに対応するのは得策ではないと、防御体勢を築きながら、盾の裏に自身のオリジナルの陣を指で描き、詠唱を開始した。
「ぬぅぅっ!!」
魔法の後ろ盾も持たず、己の肉体のみが武器の劾煉は、目視によって自身に降りかかる氷塊の軌道と最小限把握する。
多少の掠り傷は許容範囲とし、五体を駆使した受け流すような柔の動作でかわす。
連なり放たれる回避不可の一撃には、鋭利な面には決して当たらないようにした完璧なコントロールで、手刀、はたき落とし、裏拳、足刀蹴りと、流れるような剛の動作で粉砕した。
終わりの見えない結氷の雨に、各々に対処し続ける四人。
その中で唯一、エヴァンのみが真っ向から反撃する準備を詠唱によって整えた。
「よし、これで……」
「コソコソしても、反撃とか許さないけど?」
だが、セレナは己が引き起こした氷雨の中、自らエヴァンの近くまで接近し、まるで剣を喉元に突き立てるように指を差していた。
二人で防御し、それぞれに対応している大我とエルフィには、近づけば片方が真っ向からぶつかる可能性が高い。
劾煉はこの雨の中でも、ダメージを割り切り捌く人外レベルの境地を見せつけ、接近の隙を一切晒していない。
となれば、偽神の天眼によって反撃の準備が目に見えている、エヴァンが最も攻撃しやすいとセレナは判断した。
術者特権により、自身の魔法が当たらないように操作し、この猛烈な氷雨に意識が向けられている今、致命的な一撃となる不意打ちを叩き込む。
それまでずっと遠距離攻撃を仕掛けていたのだから、フローズンレイへの対処で精一杯なのだから、この攻撃は間違いなく通る。
これで一人片付いた…………
そう思っていた。
「――――そろそろ来るんじゃないかと、思ってたよ」
エヴァンは楽しそうに、獲物を捕えたハンターのような瞳で、近づいたセレナに視線を差した。
直後、魔法陣が輝き、盾から地面に向かって強風が吹き、土埃を巻き起こした。
「きゃあっ!? な、なによこれ!?」
「偽神の天眼で、僕が反撃の準備が丸見えなのはわかっている。だけど、詠唱の内容までは見た目じゃわからないよね!」
「しまった、ハメられた……!」
「僕が描いた魔法陣は攻撃の為じゃない。こうやって怯ませるために今考えた即席魔法さ!」
偽神の天眼という能力そのものと、セレナの潜在能力が強すぎる故の誤った判断。
詠唱は個人個人によって自由に作られる、マナを即座にコントロールする為の短縮動作。
視られることを前提にし、逆にそれを利用して誘い込み、反撃のチャンスを作り上げたのだった。
セレナは一瞬目をつむり、腕で顔を覆う。
砂煙はエヴァン自身にも降りかかるが、それが噴き上がる前に場所を把握できているから問題はない。
エヴァンは類稀なる身体能力で、自らが風になり砂煙を払うかのように駆け、セレナの身体に掌底を叩き込んだ。
「い゛っっ…………!」
「手応えは…………ぐあっ!」
これまで切り傷程度にしか届かなかった一撃が、ようやくその身体に届いた。
だが、エヴァンの覚えた感触からは、おそらく命中したのは肩の辺りだと感じ取った。
ダメージと同時に、セレナのフローズンレイは止まった。しかしその刹那、残された一発がエヴァンの背中に命中してしまった。
幸いにも、鋭利な面での直撃は免れたが、その衝撃によってエヴァンは地面を転がり、肩を押さえた。
「エヴァンさん!」
「大丈夫か!?」
フローズンレイの強襲が止み、吹き飛ばされたエヴァンの元に駆け寄る三人。
多少の傷は負っているものの、三人はなんとか凌ぐことに成功した。
「大丈夫だ……ちょっと肩が痛いけどね……うっ……」
致命的な怪我は避けられても、その質量から与えられる重い一撃は確実に身体へのダメージを与えている。
エヴァンの衣服の下では、肩甲骨にあたる位置周辺の皮膚がわずかに抉れ、内部機構が小さく露出していた。
響く痛みに耐えながら立ち上がり、じっとセレナがいるであろう方向へ視線を合わせる。
命中こそしていても、大きな一手にはなっていないだろうと、エヴァン側の手応えから感じている。
その予測を示すかの如く、セレナはゆらりと立ち上がり、状況を振り出しに戻した。
だがその表情には、まるでプライドを傷つけられたかの如き、しかしその可愛らしい顔を崩さない憤怒の色が表れていた。
「よくもセレナに傷をつけてくれたわね……アイドルをいじめるなんて」
「今更んなこと気にしてんじゃねえよ! これからぶっ飛ばされることに比べりゃマシだろうが!」
ラントが提示した時間まであと五秒。
「セレナもフロルドゥスのこと笑えないか……それなら、シリウススパーダを解ほ…………!? な、なに!?」
そして、ラントが宣言したちょうど五分から三秒後、突如足元が覚束ない程に大地振動を始め、セレナはふらふらとバランスを崩した。
予想の欠片にもしていなかった突然の自然現象。少女が怯む一方、大我達は一切驚くことすらなく、セレナの方へと走り出した。
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