第300話

「なんだ、あれは……!?」


「ん、エヴァンさん何を……っ!!」


 何かに気づき、警戒の色が濃くなったエヴァンの姿を見て、少し遅れて大我も上空を見上げた。

 その光景はまるで、天よりの裁き。審判の時間を待ち受けているかのようだった。


「あ、これだけ戦ってたら流石に気づかれるよね。でもぉ、わかったところで二人にはどうしようもないんだけど」


「やっぱてめえの仕業なのか。怖えもん見せてくれやがるな」


「これ程巨大な規模の攻撃魔法、ただ発動までの時間を遅らせているだけならそれ以前からわかるはず。ということは……長時詠唱かな」


「正解。これがセレナ最大の雷魔法『シリウススパーダ』だよ」


 元々隠してもいないし、気づかれたならまあいいやとも取れる軽さで、笑顔で人差し指を天に向けるセレナ。

 軽々と言ってのけるが、はるか空高くに静止している一発だけでも、両者まとめて五体を砕かんとする威圧感を放っている。


「詠唱を続けるごとに、セレナの雷剣は増えてくの。それをこの辺り全部更地に出来そうなくらいに増やしたら、ドーン! ってね。セレナの動き全部が詠唱だから、逃げてるだけでいいし」


「………………まさか、さっき見せた唐突な右足踏みが、長時詠唱の合図」


「察するのおそーい! まあね、どうせあの後戦うことにはなるだろうなーって思って、有利になる材料は仕込んどいたの。それを察せなかった二人が悪いんだからね?」


 非常に厄介なことになった。大我は強く、エヴァンは一層強く思った。

 ただでさえ完全な視界を確保され、ほぼノーモーションに近い詠唱から放たれる魔法によって、防御能力は絶対的。

 シリウススパーダ発動による実質的な時間制限が追加されたとなれば、突然逆転策を思いつくでもなければ、倒すことは非常に難しい。

 狡猾に二の手三の手を残していたセレナ。こうなれば現状の大我達に残された手は限られる。

 大我、エヴァン、共に覚悟を決めたように、それぞれ左手に拳を叩きつけ、二本のナイフを構えた。


「大我君も覚悟を決めたみたいだね」


「ええ。やっぱ、残った手段はこれしかないでしょ」


 多くは語らずとも、考えてることはおそらく同じだと悟る二人。

 そして、大きな間を作ることもなく、二人は同時に正面から突撃。すぐさま左右に分かれて本格的な接近戦を挑んだ。


「根競べと行こうぜセレナァ! お前をぶっ飛ばすまで、いくらでも挑んでやるからな!」


「……久しぶりだね、こういう泥臭いのは!」


 下手に探りを入れて様子見しても時間が無くなるだけ。だからといってある程度の安全圏を確保しつつ魔法や環境物を利用した遠距離攻撃を行っても、それはセレナの領域。

 ほぼ八方塞がりと言っても過言ではない。ならば、危険を承知でも今残る手は一つ。

 捨て身で強引な肉弾戦を挑むことである。


「よっ、ふっ! ぐぁっ! このくらいなら掠り傷だっての!」


「伊達にアレクシスとぶつかってないからね! うわっと、危ない危ない」


 魔法戦一辺倒だが、それで充分なセレナにはぶつかり合いは数少ない脅威となる。

 真正面から傷を負うことも厭わず猪突猛進を体現する大我に、針の糸を縫うような柔の動作ながらダメージ前提の動きに切り替えて挑むエヴァン。

 元々近距離を得意とする二人にとっては、咄嗟に反応し、状況判断を下して動き回る肉弾戦スタイルがやはり性に合っていたのだ。

 セレナ側も、ただ方針を変えただけで攻略できる程甘くなく、徹底的に接近する二人に対応し、炎、雷、氷、風、土、それぞれの魔法を使い分けて追い払う。

 しかし、全てを迎撃できるわけではない。傷を受けようとも進むのを止めない兵はそれだけでもプレッシャーの源となる。

 それを表すが如く、セレナは初めて、距離を取り回避する為に自ら動き、大きく後退した。


「……………………」


 それまで上位者のような雰囲気を漂わせ、常に余裕と笑顔を見せていたセレナの表情に、明確な曇りが表れる。

 面白くない。一人じゃ勝てない雑魚のくせに。面倒なことさせて。黙ってセレナに倒されればいいのに。折れてないのがムカつく。鬱陶しいのまで来てる。圧倒されたって顔ちっとも見せなくて不愉快。

 戦況こそ殆ど変わっていないが、セレナの心境はじわじわと、怒り方面のマイナスが起こり始めていた。


「大我君! そっちから追い立てるんだ!」


「わかりました!」


 一見すると、形勢逆転し追い立てているようにも見える展開へと傾いた戦況。だが着実に二人の体力は削られている。 

 エヴァンは周囲の状況を把握しつつ、曲線的な機動で大我がぶつかりやすいように場を立てる為、ナイフ一本を放り投げ、一緒に突撃し同時攻撃を迫った。


「チッ、面倒!」


 攻撃の数が増えれば、いくら広範囲を視認できても、簡単に魔法が発動できても、必要な手順は確実に増える。

 そこに思考のノイズが増え、小さなささくれが生まれる。

 セレナはナイフを爆破で弾き飛ばし、一気に距離を詰めるエヴァンから後退しながら、地面を隆起させ、硬化した土の槍を突き出した。

 エヴァンは発生地点を見極めて、深追いせずに一旦停止。

 貫かれないポイントを掴み、隆起の勢いを足元の力加減でうまく乗せて後方に飛んだ。


「おらァァァァァァ!!!」


 セレナが後退した地点を狙い、力を振り絞った咆哮を乗せた大我が、燃えるようなオーラを幻視するかの如き勢いで、右腕を構え全力で突進した。

 ちょっとやそっとじゃ止まる気配はない。爆発地点を決定してから発動する炎魔法では、爆破前に地点を通り過ぎるスピード。

 セレナは少し力の抜けた貫手のような形を作り、くいっと軽く手首を捻ると、そこから渦巻く風の弾丸が放たれた。

 

「ぐうっ! ぐぅぅぅ…………! うわっ!?」


 視認性も低く、とても速いその一発を中距離で避けることは難易度が高い。

 大我は咄嗟に両腕でガードし、強引に突き抜け突破しようとしたが、風の力によってガードをこじ開けられ、後方へ吹き飛ばされた。

 しかし威力は大幅に削減され、大きなダメージもなく難なく受け身を取り、体勢を立て直した。

 森を背にしたセレナに、二方向から詰め寄る大我とエヴァン。

 一方的に視界を手にしているセレナが森の中に入ってしまえば、相当な不利となる。

 だが彼女はそうしようとはしていない。

 この状況でどう動くかと思案を巡らせていたその時、森の奥から小さな明かりが灯ったのを大我が見つけた。


「…………!!」


 もしかして……と、大我の脳裏に信頼の可能性が浮かび上がる。それは直後に叶えられた。

 光の灯った、影覆う森の中。背を向けるセレナ目掛けて、電撃帯びる火球が空気を裂くような速度で接近する。

 落ちていく木の葉を避けるように、セレナは容易にそれを回避してみせた。


「この程度、今更簡単すぎて」


「もう一発ァ!!」


 光を合図に、右の拳を厚めにマナのバリアで覆っていた大我。

 自身へ向かってきた雷火球をぶん殴るように拳で受け止め、再度セレナに向かうように弾き飛ばした。

 

「そういうの、好きじゃないんだけど!!」


 非常に展開の早い連携からの応酬に悪態をつきながらも、セレナは華麗に飛び上がり回避してみせた。

 雷火球は森の中へと消え、木々と大地を揺らす爆発音を鳴らした。

 直後、気を休ませる暇など与えんとばかりに、滞空状態のセレナから最も近い樹木の中から、一つの人影が飛翔した。


「御免!!」


「嘘っ!? そっちから来るの!?」


 彼女の視界では予想外の事態が起きていたらしく、セレナは左手首をくるっと捻り、自身を中心に巻き起こす竜巻を発生させ、奇襲から見事防御してみせた。

 人影はそれに巻き込まれ弾き飛ばされるも、地面に叩きつけられる前に体勢を立て直し、最小限の衝撃で着地した。

 同様に竜巻が晴れた後、セレナは何事もなかったかのように立ち尽くす。しかし、その眉間にははっきりと皺が寄っていた。


「ふむ、偽神の天眼が如何程の物か。確かめてみたが、どうやら嘘偽りは無い様だな」

 

「よりにもよって、そいつを連れてくるわけ……」


「おーーい大我!! 待たせてごめんな!!!」


 今度は合図ではない、はっきりと目に写るその姿。

 大我達に訪れた、勝利に繋がる小さな新しい希望の芽。


「お待たせした御二方。劾煉、今より助太刀しよう!」


「劾煉さん! エルフィ!!」


 少しずつ傾きつつある運命。

 そこに現れたのは、ラントが呼んだ新たな助っ人、劾煉。そして大我の元へと戻ってきたエルフィだった。

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