第294話
大我とエヴァンが共に構えたのと同時期。ラントはセレナが放った岩魔法に追跡されながらも、ひたすら全力で森の中を走り抜け、飛んでいた。
走りながらも脚に思いっきり力を入れて、草木の真上を飛び越え、地面から発生させた自らの土魔法を足場にして飛び交い、時には土魔法が勢い良く発言する力を利用して吹き飛ぶように大きく前進する。
だが、どれだけそうやって足を稼いでも、セレナの魔法は強引に突き進んできた。
まるで障害物など意にも介さないように、落ち葉や倒木、切り株や樹木も、根元から貫き吹き飛ばし、自らを道とするように薙ぎ倒していった。
「しつこすぎんだよ畜生!! もうどれだけ走った俺は!?」
どうにか勢いを緩められないかと蛇行したり、木々の間を縫うように走ったりもした。
しかしセレナの土魔法は、全く衰える気配がない。何度か壁を発生させても、それを真正面から破壊して追跡してくる。
とにかくラントを真っ直ぐ追いかけ、捉えて吹き飛ばすまではその進行を止めない。
生物ではなく魔法攻撃である分、疲れも知らないのが尚の事たちが悪い。
勢いを減らすことなく進み続けるそれに、ラントは一切の休憩もペースダウンも許される、逃げ続けるしかなかった。
「あんなとんでもねえ魔法が、あんなクソみたいに短い詠唱で発動されたってのかよ……ちぃっ!」
土魔法を学び、鍛錬を重ねたラントだからこそわかる、この魔法の強さと異常さ。
非常に不本意だし認めたくはないが、おそらくアレは、自身の力量を超えている。
セレナにはそれだけの力が宿っており、それをいつもいつも決して大っぴらにはせずひた隠しにしていたということなのだ。
「ふざけたことしてくれんじゃねえかあの野郎……いっつもうるせえ店員のクセして、俺以上の土魔法をやりやがるなんてよ。うわっと! やっぱ産まれや与えられた力にはどうしようもねえってか」
ラントは走りながら考える。
エルフには土魔法は向いていない。それは今まで色んな者に言われてきたし、体感的に自分でも事実だと思っている。
力のままに真正面から挑む肉弾戦も向いていないとも言われた。ラントには戦略戦のほうが間違いなく向いていると。
だがそんなことは関係ない。俺は俺のやりたいようにやる。自分の憧れを裏切らず、己の理想に向かって走り続けると胸に決めていた。
だからこそ自己鍛錬を続け、戦いに挑み、これまでたくさんの土魔法と肉弾戦の知識力を身に着けてきたのだ。
それでも、必ずどこかで壁は立ちはだかった。今までに何度も折れそうになった。
「………………はっ、今更んなこと考えてどうすんだよ俺! 俺はんなくだらねえもん超えてやるって決めたんだ!」
そんな迷いも、新たな出会いと信念、偉大なる強者の言葉と力強いぶつかり合いで吹っ切れることが出来た。
自分と同じどころか、魔法すらやや乏しい人狼ながらも、一切向いていない雷魔法を身に着け、挑み続け、ついにはアルフヘイムトップクラスの雷魔法の使い手へと上り詰めた迅怜。
これまでに抱いた夢や目標を一心に受け止め、本来自分が向いている方向すらも纏めて、己が向かいたい道への指針を示してくれた、到達するべき目標かつ憧れの男、師匠のアレクシス。
そして、今でも気に食わない部分はあるが、一切使えなかった魔法を会得し、自分と同じように練習を重ね、あり得ないほどの偉業を成したライバル、大我。
糧となった出会いや経験はもっと沢山あるが、その三人との出会いはとても大きなものだった。
「俺はラントだ! 今更こんな程度で折れてられっかっての!! 待ってろよセレナの野郎! 戻ってきたら思いっきり痛い目に合わせてやっからな!! オラァァァァァァ!!!!」
落ち込みかけていた精神を、己の踏ん張りでバネのように反発させ、さらにその足を早く踏み出し駆け出した。
一定の速度を保ち続けるセレナの土魔法では、ラントの身軽かつ豪快な疾走術に追いつくことはできないだろう。
そして、ずっと鬼ごっこを続けていたその時、突然その土魔法は留まり、跡形もなく粉々に砕け散った。
マナの動きも感じられない。おそらくは土魔法が完全に効力を失ったのだ。
「はぁ……はぁ…………あー疲れた…………射程距離の外に出たか、それとも時間か……まあ何れにせよ、ようやく逃げ切れたわけか」
夢中で短時間を駆け続け、気力のみで抑えていた疲労がどっと溢れ出す。
どうして消え失せたのかはわからないが、それは道中でまた考えればいいだけのこと。
ラントは三十秒程座り込んだ後、改めて立ち上がり走り出した。
「長々と休んでる暇はねえな。急いで助っ人を呼んでこねえと」
大我もエヴァンさんもいつまで持つかわからない。
あっさり倒してくれているのが一番の理想だが、セレナの底知れなさにその未来はどうにも浮かばない。
何より、セレナには自分から一泡吹かせたい気持ちもある。一発思いっきりぶん殴ってやりたい。
その気持ちも込めながら、ラントは再度アルフヘイムまでの道程を走っていった。
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