第290話

 耳を疑った。

 そこに現れた名前は、現世界の神様であるアリアと同じではないか。

 大我は息が詰まり、ギリギリ理解が追いつかなくなりそうな驚きから目を見開いた。

 ラントは未だ全容をハッキリと理解できず、その名前と神の関連性に戸惑い緊張を強めた。

 エヴァンはただじっと大きなリアクションも示さず、あくまで冷静さを保っているが、予想だにしていなかった内容に動揺は完全には隠しきれなかった。


「アリアって…………俺達の神様の名前と同じじゃねえか。どういうことなんだ一体。それに、四つの武器って」


「もう、そういうとこラントはせっかちだよね。今から説明してあげるから黙って聞いてて」


 あくまでいつもの調子を崩そうとしないセレナ。

 余裕なのか、それが彼女の素なのか、それともこの状況でも驚くことすらないのか。

 奇妙ながらも緊張した空気が一帯に流れる。


「セレナ達……もまあ含めてもいっか。みんなの神様のアリアと、セレナ達の上にいるアリア=ノワールは、同じようで別物。詳しいことはセレナも聞いてないけど、長い年月をかけてね、少しずつ少しずつアリアから力を掠めていったの」


 セレナは手のひらに水玉を作り出し、目の前に軽く放り投げてぱしゃんとはじけさせた。


「湖からコップで水を掬い上げるみたいにね。それはもう長い長い作業だったらしいよ」


「…………それで、少しずつ奪い取るうちに、まさしく神のような干渉能力を得たということだね」


「正解! さっすがちょうつよエルフは理解が早い! それからこの世界への影響を小さく及ぼすようになっていったの。そんな気の遠くなるような小さな作業を続けていくうちに、自分の力もどんどん大きくなっていった。アリアも常に成長を続けてるから、自分が削り取られてることなんて知る由もない。蟻が皮膚に噛み付いたところでどうってことないでしょ?」


 理解こそ出来てはいるが、あまりにも飛躍したスケールの話に緊張が溶けないラント。

 一方の二人は、この世界がどういうものか、アリアがどんな存在かがわかっているのもあり、ある程度の合点がいっている。


「それで、続けて隠れて力を蓄えるうちに、この世界への介入もできるようになった、というわけだね」


「そういうこと。そこで少しずつ仕込んだのが、さっき言った四つの武器ってわけ」

 

「それって、まさかフロルドゥスとB.O.A.H.E.S.のことか」


「なっ……! ってことは、アレ全部てめえらがやったってことなのか!?」


「まあね。フロルドゥスはノワールが造った、いわば『反世界』ってところ。アリアが創り出した世界の住人である限り、決して勝利することのできない絶対の反存在。事実、最強なあんたですら、手も足も出なかったでしょ?」


「返す言葉もないね。僕にもどうにもならなかった」


「マナを無効化するどころか一方的に操れて、相手の中身に作用して内側から蝕むなんて、性格悪すぎてセレナでも怖いもの。それでいてもしもの為にっていって、とんでもない数のアンデッドの部下も揃えてたんだから。そりゃ無理でしょ。けど、それを突破したのがそこのアホなのよね」


 アホと言いながら、面倒臭そうな目線を大我に向ける。


「あんたには幻惑魔法みたいな闇魔法の類は一切通じない。セレナ達とは違う存在だからね。それでも真っ向からぶつかって、ボロボロになって捨て身で挑んで勝った。あの高飛車な口が黙ったのはまあ面白かったかな」


「けど、バレン・スフィアでも脅威にしておくには充分だろう? なんでB.O.A.H.E.S.まてまで?」


「あれはフロルドゥスと同じくただの脅迫材料と、もしもの時の切り札なの。まあ造ったのはノワールじゃなくて、皆の神様の大昔のやらかしなんだけどね。それを利用させてもらっただけ」


 三人の頭に、脅迫材料という言葉が引っかかった。

 そこまでの絶大な脅威をもたらしておいて、一体何が脅迫というのか。どこにそんなことをする必要があるのか。理由は何なのか。

 開示された情報が、さらに疑問を呼び込む。


「脅迫って一体何のことだ。お前らの目的は、アルフヘイムを潰すこととかでもないのか?」


「そんなわけないでしょ。セレナはあの街大好きだし。ノワールの目的はね、世界樹ユグドラシルの制御を奪い取って、この世界の新たな主になること。その為なら多少の犠牲は仕方ないって言ってたけどね」


 周囲への観察と注視をしながら話を耳に入れていたエヴァンの脳裏に、一つの仮説が浮かぶ。


「――――まさか、バレン・スフィアが動かずあの場に留まっていたのは、『ただ、剣を喉元に突き立てていただけ』なのか」


「そ。世界樹にすら影響を及ぼす現象をあの場に作って、それからひたすら疲弊させ続ける。そうすればリソースは自然と正体不明の障害にある程度割かざるを得ない。そしたら続けてノワールはアリアの領域を削り奪う。本当はもっと何百年単位の長期戦仕掛けてもよかったらしいんだけどね。けど、B.O.A.H.E.S.が暴走してくれたのが幸いして、結構アリアの領域奪い取れたみたいだよ?」


 大我の中に思い出される、ここしばらく様子がおかしかったアリアの姿。

 それがアリア=ノワールによって力を削り取られたということならば、大いに納得はいく。それ以外に女神が弱りおかしくなる理由が考えられないからだ。

 まるで兵糧攻めのような擦り減らしの戦法。まるで現象のようにしか捉えられていなかっただけに、一切の否定はできない。


「B.O.A.H.E.S.は封印解いてからはずっとフロルドゥスが制御してたんだけど、だんだん制御がきかないことが多くなってたの。だからあんなにキメラがうじゃうじゃ出てきてたっていうか……まあ、それはあっちが悪いってことで!」


 次々とアメ配りのように投げ出されていく、長くアルフヘイムを苦しめてきた事の真相。

 そしてその言い回しの中に一つ、新たな、かつ当然の疑問が浮かび上がった。


「……四つの武器と言っていたけど、残りの一つはなんだい? 三つはもう君が説明してくれた。二つの暴力機構、一人の監視役、あとはどこにいるのかな」


 セレナは少しだけ押し黙り、小さな溜息をつく。

 それは、どうしてわからないのかというような呆れでも、説明が面倒くさいという怠惰でもない。

 どこかあまり話したくないような、個人的な心境が表れているようにも見えた。


「四つ目は今造られてる途中なの。もう出来上がってる……というか、どんどん出てきてるかな。正直、偶然とはいえこればっかりはセレナも予想外だったの。まさか彼女が選ばれちゃうなんて」


 その言葉に、大我は嫌な予想が脳裏に浮かんだ。

 口ぶりからおそらく該当するであろう人物、それにある程度合致する事象は、ここに来る前に既に体験してしまっていた。


「…………セレナ、それってまさか」


「察しの通り、四つ目はティアのコピーを使った量産兵隊だよ」 

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