第289話

「ここから一番近いのは……南門だな!」


「早めに外に出よう。安心できる時間は早いに越したことはない」


 騎士団の警告により、やや心が焦っている影響もあるが、アリシアとエリックは周辺を確認しつつ、可能な限り早くアルフヘイムの外に出ようと促した。

 ティアとリアナもそれを聞き入れ、皆で全力ではない程度の走りで南門へ向かっていった。

 道中にも所々、自分達と同じように走る者や、突然のことに戸惑いながら落とした荷物を拾い集めている者など、様々な人間模様が見えてくる。

 一番前にはリアナとエリックの二人、その後ろにアリシア、さらに後ろにはティアと、並んで走り続けていたその時、男の悲鳴が聞こえてきた。

 と同時に、一人の男性が慌てるように閉じたドアから飛び出した。


「うわあああ!! ど、どうしたんだニルン! 落ち着いてくれ!」


「あれは……フランクさんの家じゃないか?」


「何かあったのかしら……」


 どうやら二人の知り合いらしいが、明らかに穏やかな様子ではない。

 アリシアは考えるよりも先に走り出し、距離を縮めた直後、家から虚ろな目で、ふらふらと首を横に傾けたままフランクに近づいてくる、ニルンと呼ばれた女性の姿があった。

 明らかに覚束ない足取りに、はっきりとした意志の感じない挙動。

 まるで自我を失ったような姿で歩き、フランクに向かって飛びかかろうとした。

 だがその間一髪、アリシアがニルンの首筋にやや強めの手刀を叩き込み、バランスの崩した身体を左手で支えた。

 ニルンは上下左右に眼球をまばらに動かし、白眼を剥いた後でその動作を止めた。


「ああニルン!! 大丈夫かい!?」


「この人を担いで、早めに街を出なよ。たぶん穢れにやられてるみたいだから、誰かに見てもらったほうがいい」


「あ、ありがとう! 助かったよ!」


 フランクはニルンの目蓋を下ろしてあげた後、アリシアの言う通りに彼女を背中に背負い、必死に門の方を目指して走っていった。

 一仕事終えたアリシアの後ろに、フローレンス家が追いつく。


「大丈夫かい!?」


「ああ、これくらいどうってことねえさ。派手にやられてから、こういうのちょっと慣れた気がする」


「気をつけてねアリシアちゃん。無理はしないで」


「わーかってるよ。んじゃ、改めて行こうか!」


 アリシアは先程と同じ位置に並び、今度はティアの横について走り出した。


「ティアも、何が起こるかわからないかんだから気をつけろよ」


「うん、もちろんだよアリシア。これから気を抜けないよね」


「…………??」


 ティアに対して一瞬過ぎった小さくも妙な違和感。だがそれ以外には何かおかしいような雰囲気はない。

 焦りでどこか変な感覚に陥ってしまったかと、アリシアは頭を振って脳内を整理し、改めて南門へ走っていった。


 そして、アリシア達が先程までいた地点から離れた暗がりの路地裏。

 そこでは、必死に両腕をばたつかせながら、必死にくぐもった声を上げて叫ぼうとするティアと、本物の口と脚を押さえて無表情で拘束する偽ティア二人の姿があった。


「んーーーー!! んんんーーーー!! んんんん!! んっんん!!!」


 アリシアに向かって何度も助けてと叫ぶが、抑えられた声では離れた位置から届くはずもなかった。

 音を出そうにも両脚は封じられ、壁や周囲の設置物を殴ろうとしても、それが絶妙に届かない位置を保たれている。

 こうなったらと、自らを巻き込んででも風魔法を起こして知らせようとしたその時、ティアの意識はふっと闇の中に落ちた。

 瞳の光を失い、全身の力が抜けると、偽ティア達はティアを担いだ。


「オリジナルの拘束及び捕獲完了。指定された場所への移送を行います」


 どこかへ向けたメッセージを口にすると、二人は誰にも見つからないように建物上へと飛び上がり、周辺の人々の存在をマークしながら世界樹へと移動していった。



* * *



 所移り変わって、大我、ラント、エヴァンがセレナと対峙する、シルミア森の中のある拓けた場所。

 本性を露わにしたセレナに対し、反射的に臨戦態勢を整えた三人。

 今までにも彼女の戦う姿はそれなりに見たことはあったが、ここまでの威圧感を発したことは一度としてなかった。

 そもそも、それ程強くなかったとも記憶しているが、なのにエヴァンすら警戒させるほどの圧を引き出せるのか。

 大我とラントの戸惑いは止まらない。

 一方のエヴァンは、このまま戦いに入りだすのはマズイと考えていた。

 一人でいるにしては、明らかに異常な探知能力。一対三の状況で、怯む様子すら見せない余裕。

 何か大きな裏付けあるとしか思えないと同時に、これはおそらく情報を引き出すチャンスであると考えた。


「…………その前に、改めて僕から君に聞きたいことがある。それくらいはいいだろう?」


 セレナはうーんとちょっと悩んでみせる声を出し、とんっと右脚で強めに地面を踏んだ。

 そして、その問いに応えてあげようと視線を合わせ、あくまで可愛らしい振る舞いを無くさず対応した。


「まあ……いっかな。どうせ準備自体はもう完了してるし。別に今答えたところで何か変わるわけでもないしね。それで、何が聞きたいの? だいたいのことは答えてあげるから。あ、セレナのプライベートは内緒だからね!」


 今までは愛嬌や頑張りを感じられたアイドル的仕草も、今ではそのドス黒い裏を隠す欺瞞にしか思えない。

 大我とラントは互いに二人の間に入れないまま、その顛末を、気を張って見聞きすることしか出来ない。

 エヴァンは言葉の裏で緊張の糸を解かず、彼女の自信の根拠を探る周囲への観察を継続し、その時間稼ぎも兼ねた質問をぶつけた。


「まずは単刀直入に言おう。君は何者だ?」


「あっは! もうプライベートはダメだっていったのにー! でも、特別に答えてあげるから。セレナはね、ノワールがこの世界に植え付けた四つの武器の一つ。皆を監視し、ノワールに情報を渡して、外側の管理をするように言われてるの」


「…………ノワール? 一体なんだそれは」


「言うのめんどうだからセレナはこう呼んでるけど、せっかくだからフルネーム教えてあげるね。『アリア=ノワール』。それがセレナ達の上にいる存在だよ」

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