第273話
「どうも、お久しぶりですクロエさん」
「あら、ティアちゃんにラントくんじゃない」
「あの……ルシールに何かあったんですか?」
「それがね……」
「あっ…………大丈夫です…………クロエさん……私が自分で…………いっ……」
クロエの口から現在の状態を口にしようとしたところ、ルシールは自分のことで他社の手を煩わせる必要はないと、身体を前に出して説明しようとしたが、痛みの漏れる声と同時に頭を押さえ、再び背もたれに身体を預けた。
「無理しちゃだめ。あのね、最近ルシールちゃん、どうも身体が重いらしいの。それと頭痛も酷いみたいで……さっき私と出逢ったときも、最初は元気に振る舞ってたけど、すぐにふらついちゃって……だから私がここで休ませてるの」
見るからに苦しそうな状態で、ぐったりとしたまま肩を揺らしているルシール。
ちょっと動くことすら辛そうにも見える姿。自分では大丈夫だと、心配をかけさせない為に言ってみせるが、明らかにそんな様相ではなかった。
「身体が重くて……頭も痛くて…………熱っぽい……かな。ようやく治まってきたかなって思ったら、またぶり返してきて……」
ここ一週間の間、ルシールは覚えのない倦怠感に悩まされ続けていた。
それは日に日に強さを増していき、この日ははとうとうふらつくまでになってしまっていた。
医者に診てもらっても原因不明。その為、ある程度楽になった時を見計らって行動していたが、帰宅前に症状がぶり返してしまい、現在の状態に至る。
「ああ、大丈夫だよルシール! 無理しないで、ね? 楽にしててね」
やや無理をしがちな性格が、ルシールの身体を動かそうとするが、今は友達や介抱してくれる大人の言葉を粛々と受け入れ、そのままクロエの身体に体重を預けた。
「……それで、私達に何か用?」
一区切りがついた所で、クロエは改めて話しかけてきた理由について、内容を引き戻してあげる。
友達の辛そうな姿にうっかり本題を忘れていたティアは、その親切なアシストに身を任せて本題を切り出した。
「そうだった……あの、すごく変なことを言うかもしれないんですけど……私の姿を見かけませんでしたか? 私とは違う私というか、なんというか……」
ほんの一瞬だけ、クロエがきょとんとした表情を見せたが、己の中でその一言からある程度の内容を噛み砕いたのか、概ねの把握と納得から小さく首を縦に振った。
「ごめんなさい、私は見てない……かな。おそらく、ルシールちゃんも見てないと思うわ」
「そうですか……ありがとうございます。……でも、普通にこの質問受け入れてくれるとは思ってませんでした」
「創作だとよくあることだから。本物が偽物を追いかける展開……っていうのはね。もし私の方で何かわかったら知らせるから、ルシールちゃんのことは私に任せて」
新たな手がかりはゼロ。だが、また一人協力者が増えたことは大きな収穫となった。
その親切にティアは頭を下げ、ラントは心配そうにルシールの姿をじっと見守っていた。
「ありがとうございます! それじゃあ……どうかよろしくお願いします。私達はこれで」
一つのところで留まっていては、おそらくまだ近くにいるはずであろう偽者を見失ってしまうだろう。
ティアは丁寧にお礼を口にし、去り際にルシールに一言を向ける。
「どうか、早く良くなってねルシール……治ったら一緒にまた本でも読みましょうよ」
「う、うん…………そうだね…………」
「――お大事に」
ティアの太陽のように明るい優しさが、重くのしかかるルシールに胸に染み渡る。
最後のいたわりの一言を向けて去っていくティア。その後ろをラントがついていく直前、通り過ぎざまに同じように一言を向けた。
「何かあったらすぐに言えよな。なんか、最近は特に嫌な予感がするからよ」
二人が去った後、ルシールは思考を止めて、眠るようにクロエの肩に寄り添った。
一方のクロエは、彼女の背中を優しく擦りつつ、閉じた文庫小説を片手に訝しげな表情で、たった今耳にした情報を頭の中でまとめて、浮かび上がる不安材料を整理していた。
「…………ティアみたいな子に成り代わる理由って……わからないわね。でも、良からぬ事は確実に起きる……私も、少し準備をした方が良さそうかな」
* * *
「悪いな、力になれなくて。うちらもさっき来たばっかだし、それらしい姿も見てませんから」
「此方でも目撃した時は、真っ先に伝えるとしよう」
「ありがとう二人共!」
その一方、待ち行く人々に細かく聞き込みをしていた大我とエルフィは、偶然にもアルフヘイムを訪れていたラクシヴと劾煉に遭遇し、目撃情報を引き出そうとしていた。
だが、証言の通り、二人はつい先程やってきたばかりであり、偶然出会っただけ。
協力の約束は取り付けられただけでも進歩だと思いつつ、大我は改めて偽者捜索に走り出した。
「……話には聞いていたが、よもや、拙や大我殿と同じ気配の者とこんな所で出会うとはな」
「僕も同じ感想。気まぐれに遊びに来たら予想外の出会いなんだもの。前には感じなかった嫌な空気以外は面白い日だなーって」
「やはり貴殿も感じるか。ここの雰囲気は未だ慣れぬが……それとは違う、足元から蝕むような奇妙な怖気を憶えている」
「うん。何度か来てるけど、こんなになんだか、背中がぞわぞわするような感覚はわしも初めてじゃきん。誰か敵でもいんのかなぁ」
現世界の住人のようなアンドロイドではなく、B.O.A.H.E.S.の影響を受けた生物と実質B.O.A.H.E.S.そのものとして地に足をつけている二人だからこそ感じる、街中を包む得体のしれない気配。
初対面ながらもその感覚を共有する二人。大我と出会った前後で、その神経は自然と警戒するように研ぎ澄まされた。
「あ、そういや名前言ってなかったね。改めて、私はラクシヴ。よろしくね」
「失礼ながら、此方も名乗っていなかったな。拙は劾煉だ。以後、よろしく頼む」
いつかは出会うであろう特異的な存在同士。
これも何かの縁と、ラクシヴは敵意の無い明るい笑顔で、劾煉は荘厳な気配を保ったままに握手を交わした。
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