第272話

 先頭を走るラントの背中をついていき、彼が通った道筋を辿っていく大我達。

 周囲を確認しながらの移動を続けるも、それらしい人影は未だ見当たらない。

 むしろたまに視界に入ってくるティア本人が認識のノイズとなり、精神が乱されてしまう。

 瓜二つの相手を探すことはこんなにも面倒なのかと、かつての時代では到底体験することはなかっただろう事象に苦労の気持ちを憶えていると、ラントが商店ひしめく歩道の広い十字路の端で立ち止まった。


「この辺りだな、俺がそのティアに会ったのは」


「この人集りだと……さすがに見つけるのは難しいな」


 昼過ぎの時間帯、街には人が溢れて個人をはっきり認識するのが難しい。

 そのような状況で一個人を確実に発見することは至難の業だろう。

 

「ラント、最後にどっちに向かったのかは覚えてるか?」


「いや……そこまでは見てなかったな。だが、あいつがこっちの方向から来てたのは覚えてる」


 大我達が走ってきた方向を南側として、ラントは偽物のティアがやってきた方向として東側を指差した。

 繋がりとしては、一応ドットの店舗が存在する道とは地続きになっているため、目撃情報とも合致する。

 そうなれば、移動ルートの可能性として大きく限られてくるのは自ずと西側と北側の二つとなる。

 素性も正体もわからない相手の目的や向かう場所など見当もつかないが、まずはそれを見つけることが先決である。


「なら一回、ここで二手に分かれないか。俺とエルフィでこっちに、ティアとラントでそっちに向かおう」


「いいなそれ。一々固まって探しても時間かかりそうだしな。よし、乗った」


 大我が提案として、大我側が北側へ、ラント側が西側へと分散しようと口に出した。

 敵の潜む死地でもないなら、手分けして探してもなんの問題もない。

 むしろアルフヘイムは自分達のホームである。顔見知りや知り合いが目撃していれば、その捜索効率も格段に上がるだろう。

 大我もラントもそれを互いに理解し、一切の喧嘩無く受け入れた。


「だいたいの集合時間は一時間後にしておこう。集まるのは世界樹前広場で。迷うんじゃねえぞ大我」


「もう歩き回って慣れてるっつーの。お前こそ寄り道すんなよな」


「わーってるよ。んじゃ、行こうぜティア」


「う、うん。気をつけてね大我」


「そっちもな。それじゃ、また後で」

 

 ほのかに肌に刺す不穏さを打ち消すような軽口を叩き合った後、遠くまで偽物が言ってしまわないうちにと、分けられた二班は、人々の邪魔にならないようにかつ足早に分散して行動を開始した。



* * *



「さあ……見てないですね」


「そうか……わかった、協力ありがとよ!」


 西側のルートを選択し、しっかりと人々の顔や怪しい動きをする人物を見逃さないように動きながら移動するラント。

 その一方でティアは、自身の偽者に着実に近づこうとするごとに、表情や所作からも内なる不安が隠しきれなくなり始めていた。


「おい、大丈夫かティア」


「……うん、ごめんね。ちょっと……怖くなっちゃって」


「まあ、無理もないよな。いきなり偽者が現れたとなっちゃあな」


「…………私、何もしてないよね。私が知らない間に何か……」


 不安から来る自身への疑念、恐怖が内側から蝕もうとしていた所を、ラントが軽く背中を叩いて言葉をせき止める。

 人々の話し声や足音が鮮明に聞こえそうになる程に過敏になり始めたが、それもその一回でなんとか和らいだ。


「んなこと気にしてもしゃーねーだろ。少なくともお前に非はねえんだからさ……お前じゃない誰かの罪背負ってどうするよ。…………正直、マジで偽者とは気づかなかった。同一人物みたいにそっくりだった。だからよ、そいつが何かやらかす前に早く見つけ出そうぜ」


 いつも口は悪く粗暴寄りではあるが、友達思いで負けず嫌い。

 そして根っからのヒーロー漢であるラントの心遣いが、弱った胸に強く染みてくる。

 自分が今迷う必要はない。いざその人物を見つけた時、なぜ自分に化けたのか、なんの目的があってそんなことしたのか。それを直接問いたださなければならない。

 ティアは気持ちを切り替えて、いつものような明るい笑顔を向けた。


「ありがとうラント。もう大丈夫だよ」


「よし、もう少しこの辺りを調べて……あれ、あいつらは……」


 ある程度の聞き込みと探索を終えたら、一旦休憩して範囲を広げようと考えたその時、ラントは街路樹の日陰に設置された休憩ベンチに座るクロエもルシールの姿を発見した。

 寄りかかるようにくっつき、やや苦しそうなひょうじょうを見せているルシールと、背中を撫でながら介抱しているクロエの様子から、どうやら体調が優れない様子である。

 ラントとティアは、心配と聞き込みの両方を兼ねて二人の方へと近づいていった。

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