第271話
「えっ、ちょっと待って下さい。私は」
あまりに突然飛び込んできた理解不能な事象に、思わずそのまま純粋な質問をぶつけようとしたティアを一旦遮り、大我が代わりにドットへの質問を向ける。
「あの、すごく変なこと聞くかもしれないんですけど……その時ティアとどんな話をしました?」
「うーん、たいした話はしてないねえ。挨拶と、また買いに行くからよろしくなーって言って、これからもうちをよろしくお願いしますねーってぐらいだったかな」
「わかりました、ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、大我はティアを連れてそのまま街道へと進路を戻した。
ドットは予想外の話の広がり方に少々きょとんとしながらも、同様に頭の中を整理して歩き始めた。
「…………俺なにか変なこといったかなぁ……まあいいや」
「ティア、さっきの人の店ってどの辺りだったっけ」
「こっち。けど、ドットさんが言ってた話って……どういうことなんだろう」
本来予定していた方向を大きく変え、一旦その自分達の知らないティアがいたと言われているドットの店舗の方へ足を向ける大我達。
今日は何の邪魔もなくいつものような日常を過ごそうかと思っていたのに、意識外から見過ごせない事象が飛び込んできたことに動揺を隠せない。
特にティアは、自分の知らない行動を他者から告げられて特に戸惑いを見せている。
「俺にも見当つかないな。そっくりさん……ってことはないよな」
「それはない……はず。ずっとアルフヘイムに住んでても、私と見間違うくらいそっくりな人っていなかったから。だけど、パパとママの店をよろしくって言ってたのは……」
姉や妹もいなければ当然双子などでもない。そもそも長い年月を生きてきた中で、自分と見間違う程にそっくりな人物など見たことはない。
そんな知らない誰かが自分を語っているのは不気味極まりない。
ティアの背筋に得も言われぬ寒気が走る。
それをフォローするように、大我は彼女の側に出来る限り近い位置を保つようにした。
「ついさっきとは言ってたけど、その時はもう俺達がティアとずっと一緒にいたし、本人なわけがないもんな。じゃあ一体……」
少なくとも夢遊病のような意識外の行動の可能性も否定されている。考えれば考える程その偽物のティアの存在がわからない。
渦巻く謎に頭を悩ませ続けながら歩き続け、大我達は先程話しかけてきたドットが経営するスイーツ店の近くまでやってきた。
もしかしたらまだ付近を行動しているかもしれないと、一度立ち止まって周囲を見回すも、それらしい姿の人物は全く見当たらない。
さすがにそう都合よく見つかりはしないかと、改めて周辺を探し回る方向にシフトしようとしたその時、大我達に近づいてくる一人の人物の姿が見えた。
「大我じゃねーか。お前こんなとこで何してんだ」
そこに現れたのは、全くの偶然で付近を通り過ぎたラントだった。
クエストを通して知り合った実力者にスパーリングを申し込み、丁度いい頃合いで切り上げた後に昼食を食べ終え、最近着ている服もボロいのが多くなってきたからそろそろ新しい服を新調してこようかと、腹ごなしも兼ねて街をフラついていた所に、偶然大我の姿を見かけた為に声をかけた。
「おおラント、丁度いいところに来たな。あのな、さっき」
「あれ、なんでティアがここにいるんだ? さっきすれ違ったろ」
何気なしに口にされたラントの一言に、大我達の時が一瞬止まった。
それはドットの時のような理解できない事象に対する思考停止ではなく、思わぬ手掛かりが友人から転がり込んだことによる驚きと食いつきだった。
「本当かラント!? どこで見たんだ!?」
「いや…………ちょっと前の通り道で……っつうか、お前ら一体何がどうしたんだ?」
「ああ悪い、実は……」
まるで自分の理解の外で話を進められているような奇妙な感覚と疎外感から、いつも通りの勢いもなく、すっと力の抜けたような雰囲気のまま純粋な疑問を投げかけた。
一方的に話を進めてしまったと咄嗟に気づいた大我は、自分達はちょっと前に自宅を出たばかりだということ、その際に離れ離れになったことはないということ、先程もティア一人を見た人物に会ったことなど、簡潔にラントに伝えた。
ラントはそれを耳に入れているうち、表情が真剣に鋭くなっていく。
「そういうことだったか。そいつぁ相当変な事態だな」
「何かそいつが普通のティアと違うところは無かったか? こう、怪しい部分があったとか……」
「……いや、マジでティアとの区別は付かなかったな。つうか、話し方も雰囲気も内容も、瓜二つどころじゃなかった……」
完全な複製とも言えるレベルの内容を改めて提供している途中、ラントは記憶の中にある遭遇したばかりの謎のティアと本人の違いはどこか無かったかと、視線を本物へと向けて凝視する。
「そういや、今日は耳飾り片方ねえんだな」
「うん、ちょっと料理してるとき油が跳ねちゃって。だから今ポケットの中にあるの」
「その偽物……でいいんだよな。そっちは耳飾りを両方つけてたな。しっかりと見たわけじゃねえから確証ではねえけど」
ようやく最初の手かがりを掴んだ、未だ姿見ぬ偽物のティアへの道筋。
お世話になっているスイーツ店のオーナーどころか、付き合いの長い友人すら騙す程の瓜二つな存在は、一体何が目的なのか。
何が待ち受けているのかも一切の見当もつかないが、今はとにかく接近するしかない。
「そう離れてはねえはずだ。今から追いかければ或いは……」
「よし、急いで探しに行くぞ!!」
「俺も行く! 道案内役は必要だろうよ!」
ラントを一員に加え、大我達は彼の案内を通して道を辿り、偽物の足跡を追いかけた。
新たな事実や手掛かりが手に入り、情報が積み重なっていくうちに不安が上乗せされていくティア。
一体何がどうなっているのか、理解の範疇を超える出来事が起きているのか。
その真相を確かめる意味でも、ティアは足を止めず一緒に走らざるを得なかった。
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