第243話

「―――――………………あ……ぅ…………痛………あれ、私……えっと…………」


 冷たく薄暗い空間で、光を失った眼を開いたまま放置されていたティア。

 電子頭脳への直接攻撃によって強制的にシステムダウンを発生させられ、自己修復によってようやく復旧したティアは、ゆっくりと瞳に光を取り戻し起き上がった。

 視界のボヤけやブレが収まらず、内側から襲いかかるような頭痛が残り、一秒ごとの不快感が収まらない。

 肌を触れ合わせている地面は冷たく、湿っているようにも感じる。

 なんとか頭を巡らせて今自分がなぜここにいるのかと思い返していると、少しずつ正常な状態を取り戻し、記憶に残る一部始終を捻り出していく。


「あ…………そうだった…………確か大我とエルフィと一緒に外にいて、それで霧の魔女に襲われてエルフィと一緒に……そうだ、大我は!? エルフィは!?」


 そしてようやく、エルフィとの霧中の共闘をしていた最中に突然意識を失い、記憶が現在まで飛んでしまったことまで思い返すことができた。

 自らが危険を請け負ってくれた大我は、隣り合い抵抗したエルフィは無事なのだろうか、ここは一体どこなのか。

 頭の中を整理してなんとか現状へと意識を向けることができるようになったティアは、周囲の状況を把握しようと首を動かす。

 殆ど光の無い暗闇の中、少しずつ慣れ始めた目が周辺の光景を写し出す。


「ここって、もしかして牢屋……?」


 うっすらと見える鉄格子。通路を隔ててその向こう側にも同じような鉄棒がいくつか見受けられる。

 どうやら自分は、どこかの地下か閉所に作られた牢屋へと閉じ込められてしまったらしい。

 霧の魔女に連れ去られた者の行方を知るものはいない。だが、こうして光も通らない場所に監禁されてしまうのだと自らの身を以て知ったティア。

 だけど生きているならばまだ抵抗の余地はある。一旦立ち上がろうと身体を動かすと、何か硬く冷たい物にぶつかる感触を肌に覚えた。


「……何かあるの……?」


 牢屋にあるようなものならば、足枷のようなものだろうか。

 感触から導き出される想定をいくつか引き出しつつ、手のひらを上に向けて小さな火を作り、灯りにして視界を確保した。


「…………っ!!」


 ティアの目に飛び込んできたのは、皮膚が破れ顔半分から金属骨格を剥き出しにして事切れたエルフの女性の姿だった。

 かろうじて残っている口はぽかんと開いており、眼窩や身体の一部分からは苔が姿を見せており、内部を無数の小さな虫が這い回っていた。

 思わず反射的に悲鳴を上げそうになってしまうが、ティアは決して声を出さないように口を手で覆い、身体の奥に力を入れて叫びたい感情を抑え込んだ。

 よく確かめると死体は何体か積み上がった山になっており、その奥にはかろうじて判別できる程度にしか皮膚がついていない狩人の男の死体や、金属骨格と内部部品だけのスケルトンも同然の死体と、どれだけ昔からここに放置されているのかと想像してしまうような惨状となっていた。


「これって……まさか、今まで霧の魔女に攫われた人たち……?」


 言い伝えとして今まで続いている以上、こんな狭い牢屋の一室にだけ存在しているとは思えない。

 おそらくは同じような部屋がいくつも点在し、死体もそれ以上に存在していると考えられる。


「こうしちゃいられない。なんとか抜け出して逃げ出さないと……」


 このままでは命がいくつあっても足りないだろう。ティアは勇気を出してここから脱出することを決意した。

 ほんの少しだけ香る潮のニオイに、肌から感じる別温度の空気の流れ。

 果たしてここがどこなのかさっぱりわからないが、それでも行動せずに死を待つよりは圧倒的にマシ。

 まずは胸に手を当てて精神を落ち着かせ、焦らず自分ができる事をする。

 それまでであればここまで湧き立たせられなかったであろう心の強さ。それはティアの成長を現していた。

 

 


「久しぶりに供物をたくさん手に入れました。けど……まだ足りないのですよね、お兄様?」


『ああ。私が呪いから解き放たれるまでには、まだ無数の魂と肉体が必要なんだ』


「ああ、お兄様……いつにナったら、私と一緒にまた隣を歩んでくれるのですか……?」


『それはいつになるかわからない。だけど、セシルが頑張ればきっと、また一緒に幸せに暮らせるんだ。応援することしかできないけど、ここで見守ってるよ』


「お兄様……大好きですお兄様……どうか、お兄様をこの呪縛から解放する時まで、私は全力で頑張ります……!」


 王室のような一室の中心に、広大な空を望む巨大な窓を背にして佇む玉座。

 そこには、大我達を苦しめた霧の魔女ことセシルが、どこか悲しそうな顔で身体を傾けている姿があった。

 広い空間に響く声。そこには、安らぎと落ち着きに包まれた上で、何十年以上も積み重なった苦しみや悲哀を含んでいるようにも感じられる。

 セシルはただ、玉座を撫でながらそこに座る者の頬を優しく撫で、暫く己の心を満たすように身体を任せていた。

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