第235話

 同日の午後。アルフヘイムは激しい雨に見舞われていた。

 空を覆い日差し隠す雲に、大地を濡らす無数の冷たい水滴。傘を差し、魔法を使い雨を避ける者も入れば、気が滅入ると家に籠もる者もいる。

 晴れの日が本来の日々となるからこそのちょっとした非日常。人々はそれぞれに雨を回避し受け入れながら過ごしていた。


「今日は一段と雨脚が激しいなおい!」


「一日は止みそうにないな。どうするよ今日は、あんま乗り気にならないけど」


「こんなんじゃ視界も足元も悪いでしょ。変に手を出しても仕方ないし、武器の仕入れでもして帰りましょ」


 予め決めていた予定をそのまま続行する者もいれば、中断を決定してこの日出来ることに労力を回す者もいる。

 雨は景色や心模様のような日々の何気ない部分から、戦いの場における戦況まで大きく変えることのある。変化の権化のような自然現象である。


「………………」


「そう、そんな感じ…………もう少し集中して、あと10秒くらい」


「……………………んぐ」


「大我、ホットミルク出来たぞー」


「ん…………うわっ! とと、あっぶねー……エルフィお前タイミング悪いっての」


「あっはは、わりいわりい」


 そんな一方で、大我は外の雨音をフローレンス邸の室内で窓越しに聞きながら、ティアと一緒に風魔法の練習に入っていた。

 鉄球を掌に置いて詠唱から風を吹かせ、自分のイメージ通りに浮遊させつつそれを落とさないように持続させる。

 一瞬の強風や自分を後押しする突風のような大雑把な風魔法はそれなりに使えていたが、繊細に操るような風魔法はエルフィの手助け無しにはからっきしだった大我。

 幸いにも風魔法を得意とするティアが側にいたこともあって、この日はコツを教えてもらいながら、伝授してもらった練習法を早速試していた。

 このようにして大我は、少しずつ少しずつ魔法の習得を積み重ねている。


「……ああ、温かい……こういう冷える日は、こういうのがうまいよな」


「そうですね……なんだか落ち着きます」


 常日頃よく口にする牛乳も、温めるとまた違う味わいが舌の上に広がる。

 同じ飲み物のはずなのに、温められただけで違うものになったような二面性。

 体内から包み込むような脂肪分の味わいが、雨天の気持ちを優しく落ち着ける。


「そういえば、あれからまだなんとも無いのか? ほら、右手の違和感」


「うん。神様に施してもらってからはなんともないかな。むしろなんだか、前より少し身体が軽くなったような気がするの」


 以前戦ったネクロマンサー組織の長、ヘルゲンに右手を掴まれた直後の反応、度々発生していた、力を入れていないのにドアを破壊してしまうような、突然怪力が発生したかのような現象。

 その原因究明と治療のため、ティアは大我達がサカノ村へと向かっている最中、大我とエルフィの勧めで女神アリアから右腕のオーバーホール及び直接のシステムチェックを受けていた。

 だがその結果、提示された結果は異常無し。当然それは、現世界の住人であるティアには詳細は知らされていない。

 アリア側からの内部データチェックを行うも、彼女にはその異常の原因を見つけることは出来なかった。

 ひとまずの応急処置とセキュリティ面の強化を施したため、現時点ではまだ異常は発生していない。

 それをティアは神様からの祝福を受けたと認識し、ひとまずの安心を享受した。


「……それならいいけど、また何かあったら言ってくれよ」


「もちろん、ありがたくそうさせてもらいますね大我」


 紆余曲折もありながら、着実に積み上げられ確立された大我とエルフィ、そしてティアとの間の信頼。

 三人が一緒にいれば、どんな時でもなんだか安心できる。そう思える感覚がある。

 外の暗く冷たい天気を跳ね返すような温かい日常空間。三人の精神は心の底からリラックスしていた。


「なんか、飲んでたら菓子欲しくなってきたな……今家にそういうのあったっけ?」


「あーー…………ママが昨日食べちゃったので最後だったような」


「そっかー……買い物行ってくるかな」


「私も付いていきますよ。ちょっと小腹満たしたかったところですし」


「おいおい二人揃って外出んのかよ。俺もついていくかんな」


 しばらく魔法の練習を続け、意識を集中しエネルギーを消費した後で腹にホットミルクを入れたところで、もっと何か口を満たすものが欲しくなってきた一同。

 露店や屋台のような天候に左右されがちな店舗はまず確実に閉店しているが、開店中の店はそれなりに存在している。

 両親は外出しているためにもぬけの殻になった家の玄関にティアはきちんと鍵をかけ、大我は慣れた手段として傘を差し、エルフィはその中にお世話になり、ティアは風魔法を駆使して雨粒を跳ね除けながら歩いた。


「それやっぱすげえ便利そうだよなぁ……」


「常にマナの消費はしちゃいますけど、手元が自由なのはやっぱり大きいかなって」


「だよなぁ……俺もこのくらいできりゃあなぁ」


「俺がやってやろうか? 大我の分まで余裕でバリア張れるぞ」


「そういうことじゃねえんだよなぁ……それだと他人の傘に入り込んでる感じがして微妙というか」


「それ俺に対する嫌味か?」


「んなわけねーだろ、どんな受け取り方したんだ一体」


「俺今お前の傘に入ってんだろ!」


「繊細な受け取り方だな!」


 室内と変わらない調子で、楽しく雨の街を歩く三人。

 一歩歩く度に地面から水が跳ね、常に雨音の効果音が大気中に鳴り響く。

 体感では人通りはかなり少なく、やはりこんな天気の日はあまりに外に出たくは無くなるんだなぁと感じさせられる。

 目的の店まではもう少し。道中をゆっくりながら順調に歩いていたその時、突如街中が濃い霧に包まれ始めた。

 自然現象から発生したのかもしれないが、それにしては妙に周囲一帯の視界まで遮られる速度が早すぎるように感じる。

 ちゃんと真っ直ぐ向かえるのか怪しいなあと呑気に大我が考えていた一方、ティアの表情は明らかに焦りの色を見せていた。


「どうしたんだティア、顔色悪いぞ?」


「た、大我! 一度家に帰らない……? 出来れば急いで……!」


「え、まあいいけど、売店までもうすぐ」


「ダメ! 霧の中は危ないんです……霧の魔女が来ます……!」


「霧の魔女?」


 なんだかどこかで聞いたことあるようなないようなと朧気だが、霧が関係しているとわかりやすいワード。

 ティアの警告に近い言葉にようやく危機感を捻り出した大我。言われた通りに一度戻ろうと180度方向を転換したその時、大我達の視線の先に一人の人物が姿を現した。

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