気がつけば、新世界！？

第228話

「迂闊！」

　後方からの謎の熱気。自身の後ろには敵がいないことは間違いなく確認している。

　正面の人型が魔法か何かの類を発しているのか、それとも協力者でも存在しているのか。

　だが今はそんなことを考えている余裕などありはしない。

　劾煉は構えから力を入れるような予備動作を経由せず、現時点で発露できる最大限の力を足に込め、自らの力を北東の方向へと吹き飛ばした。

　爆風の後押しも重なり、劾煉は人型を避けるような軌道で進んでいく。

　それを本能のまま追いかけんと、人型はゆらりと方向転換して走り出した。

「反応が早い。あくまで拙だけを狙うか。良いだろう、かかってくるがいい！」

　殺戮マシンの如き冷たい全力の挙動を見せる人型の狙いを確信した劾煉。

　ならば望む通り一対一でぶつかってやろうと、今度は静を捨てた動の挙動を以て蹴散らさんと動きを変えた。

　一人と一体は足を止めず、しかし互いをしっかりと視界の中に収めながら攻撃の瞬間を伺う。

　先手を打ったのは、無数の武器と四品の腕を携えた人型側だった。

　数秒先の走る方向を予測し、腹部に刺さった武器の取っ手を両手に掴む。

　抜き取る瞬間、人型の身体は小さくがたがたと小刻みに震え、引き抜かれた武器の身には、穢れたように内部液がべたべたと付着していた。

「一先ずは様子見だ」

　それまでの格闘や勝負、野生生物との戦いとは明らかにかけ離れた異形との勝負。

　過去の戦いの記憶や現在の経験からしても全くの未知数。劾煉は下手に手を出さず、まずはカウンターに徹することを判断した。

　人型は両手に携えたナイフと片手剣を駆使し、零距離とならないような絶妙な距離感を保ちながらその刃を奮っていった。

　劾煉の胴を狙った斬撃に、心臓周辺を目標に定めた明確な殺意を持つナイフの突き。

　その攻撃動作は所々に正気を失っているブレを見せているが、明らかに積み重ねた訓練技術を感じさせる無駄の無さがある。

　しかしそれだけでは、劾煉に凶刃をぶつけるには程遠い。

　一発一発の攻撃を正確にかつ動作に合わせて回避し、敵の持つ攻撃手段を引き出そうとする。

　その意図が見事合致するかの如く、刃が届かないと判断すると、人型は背中に植えられた両腕を動かし、両手を合わせ握る詠唱から無数の氷の刃を発現。

　それを飛び道具として撃ち出した。

「波状攻撃か、ならば」

　だがその戦法の対策も、大我とエルフィとの一回勝負によって目が慣れ、体感によって身についていた。

　見た目の奇怪さに惑わされることもなく、劾煉はしっかりと敵の動作を捉えながら縦横無尽に動き回り氷刃を回避。

　同時に振り下ろされる人型の剣撃を正確に捉え、カウンターの裏拳を叩きつけようとした。

「邪魔者……！！」

　だがその瞬間、決して貴様には反撃はさせないとばかりの高温が、再び劾煉の背中を襲った。

　一撃の好機をやむを得ず放棄し、爆発の回避に再度意識を向けて逃げる。

　直後に発生した小規模の爆発。劾煉は照らし合わせたかのようなその外部からの横槍に、邪な意図を感じざるを得なかった。

「この者の能力とは到底思えぬ……やはり協力者なのか」

　一対一の対峙に隠れて手を出す不届き者がどこかにいることは間違いない。しかしそれを探す暇は与えられない。

　それがその者の狙いでもあるのか。劾煉を殺すのが目的ならば、他への詮索をさせないように一方的な攻撃を行おうとしているのか。

　劾煉が思考を巡らせながら後手に回る一方、その様子を見ている大我達も、一心に警戒心を研ぎ澄ませていた。

「ラント、何か見えなかったか！」

「いや全然！　それらしい敵の姿はどこにも見えねえよ！　そっちこそどうなんだよ！」

「そっちと同じくだよ。俺もエルフィも見つけられてねえ」

　劾煉に向けられた謎の爆発を目撃した瞬間、大我とラントはまだ見ぬ敵の存在に備えて一気に緊張感を高め、大我はエルフィと共に戦闘態勢を整えながらの周辺観察を、ラントはルシールとセレナを守るようにポジションを取りつつ、自分達へと向けられる魔法攻撃を用心した。

　しかし、視点が違っていてもその正体を捉えることが全くできていない。

　どこかにいる見えない敵に対してどこまで警戒と監察を続ければいいのか。大我達三人は周囲の人々を傷つけない為にも決して心を緩めずにいた。

　一方、その姿を視認した劾煉は、おそらく存在するであろう協力者の正体は彼らに任せた方が間違いないと判断を自らに下した。

　一度拳を交えたからこそわかる実力と能力。彼らならその背中を安心して任せられるはずだ。

　ならば、自身はこの哀れな姿をした人型を承ろう。

　劾煉は無言で四肢の力を引き出し、敵を確実に屠るチャンスを伺う方向性を確定させた。