第219話
一緒に付いてきた皆と一旦別れ、森の中を進んでいく三人。
踏みならされたことにより造られた草の道が続いているが、それ以外は対して整えられているような様子も無く、本当にこの先に目的地があるのかという疑念すら抱かせるような環境だった。
「本当に滝とかあるのか……?」
「俺のマップだと確かにあるにはあるけどよ……まあ、俺達が今歩いてる通り、自然一杯な緑の環境道だよ」
「視界も悪いしな……なんかでかい獣とか出てきそうで怖いな」
「その心配は大丈夫。この辺りにいた獣は、みんな怖がって逃げたか倒されました」
「……もしかして、今から会いに行く人に?」
「はい。凶暴な獣から倒されて、あとは殆ど逃げていきました」
そのエピソードを聞くに、どうやら悪い人物では無さそうだと感じ取る大我。
サカノ村は立地から考えると、草木に囲まれつつもそれらと同居しているやや視界の悪い場所。
いつ肉食獣やキメラが襲ってきても不思議ではない。
それらが気配すら殆どしない程に、逃げ出す程に狩ったということは、間違いなく実力者かつ人々の危険を取り去る行為が出来るような者なのだろう。
と同時に、失礼だとは思いながらもゴブリン達が何か罠にでもハメようとしているのではないかという疑念も薄れた。
「そういえば、その人の名前を聞いてなかったな。カンテロ……だっけ?」
「はい! 覚えてくれてありがとう大我さん!」
「そこまで言わなくても……会いに行く相手の名前ってわからないか?」
「もちろん! その人の名前は…………」
一方で、トガニ村長の家でゆっくりと寛ぐラント達。
もてなしとして出された、木のコップに注がれた清水と、木の器に盛られた、ふかしすり潰した豆を調味料と混ぜて薄く形を整えて揚げた豆菓子。
外の環境音が聞こえる程に静かな室内に、カリカリとしたクリスピー音が響く。
「うま……」
「気に入ってもらえて何よりだ」
「戻ったら探そうかな……」
ちびちびと二人が感想を述べる中、ルシールは黙っておいしそうに口にしていた。
「さて、このまま待ちつづけているのもこそばゆいだろうから、少し話でもしましょうか。そこの少年が気になっている人の話……の前に、少し私達の話を」
ちらっとトガニの視線がラントの方を向く。
そんなに分かりやすかっただろかとちょっとたじろぎながら、自分の知らぬ強者の話と聞いて、ラントは身構えた。
「私達ゴブリンは、やや難儀ながら産まれたときから大きな差があり。言葉を交わし会える程の知を持てるものもいれば、ただ生物としての本能に任せて生きるような者もいる。後者のことを私達はトドリと呼んでいる。そういう輩はいわば道具を扱える獣のようなもの。私のようなものが言っていいようなことではないが……」
ゴブリンという種族の難儀な生態。生物であるが故の本能。
村へやってきた時から明らかに目つきや態度、立ち振舞の違うものがいるとは思っていたが、そのような違いが現れているというのは初耳であった。
「そしてその者達は、相手が力ある者だと認識すれば素直に従う。そのおかげでみんなや嗜めることができる身内でなんとかすることはできている。知識や純粋な力を肌で感じ取る能力は一応有しているのでな……」
「だからああやって途中で抑えてる人がいたのか……」
「蛮族と言われても仕方ないところではある……私もそれを経て戦えるだけの力を身につけた。さて、話がそれてしまったが本題に戻ろう。その人物はだいたい一年前程に突然現れた。エルフや人間達とは形こそ似ているが明らかに違う雰囲気が漂っていた。見るからに屈強で、そして鋭い精神。戦ってもいないのにトドリ達はひれ伏し恐れをなした。それから彼は、ダリアの滝を修行場という名の住処にし、この村にちょくちょく食べ物を求めに来ている。相当な修行家だ」
「食べ物との取引は?」
「時々仕留めた野生動物と交換しているが……村の危険を排除してくれた厚意として提供もしている」
話を聞いているだけでも、ラントにとっては興奮滾る内容。
ここ最近で姿を現したらしいが、そんな人物が一体どこにいたのか。
本の語り部の話を聴いているような感覚で集中するルシールに、わかりやすく聞き入るラント。そして一応耳を傾けているような素振りのセレナ。
その中で、意外にもセレナが先んじて質問をぶつけた。
「で、そいつの名前はなんて言うの?」
「その者の名前は…………劾煉と呼ぶ」
* * *
「この辺りで……すみません。一度待っててください」
「マジかよ、まだもう少し離れてるのに……」
滝の水音が聞こえ始めたが、その全容が見えたわけではない。が、その時点でも警戒しているらしい。
ふと周囲を見渡すと、地面や木々の所々に拳の打ち痕のようなものが見える。
やや不満げながらも、エルフィは一旦その場に残り、残り二人が滝の方へと再び歩き出した。
そして、ついに水音轟く拓けた場所へと到着した。
「な、なんだこれ……!」
大我の前に広がったのは、目を疑うような光景だった。
地形が歪まんばかりに陥没した無数の岩石や地面に、くっきりと残った拳の形。
流れる川の側には、その陥没痕に焚べられた木々が残っていた。
ゆっくりと視線を滝の方へと移動させると、そこには一人の人物が両手を重ねて滝に打たれていた。
「あの人が……」
「はい、あの人が劾煉です」
黒曜石のように黒い肌に、強者の証とでもいうような筋骨隆々な肉体、瞳は白眼と殆ど判別がつかないほどに白く、堂々としている程に髪の生えていない輝く頭部。
そして一糸まとわぬその身体。威風堂々としすぎている風体は、まるで地上に顕現した仏像のようにすら思えた。
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