第215話
「お、ようセレナ。何してたんだ?」
アルフヘイム最大にしてトップクラスの人気を誇る食堂の店員であり、ラントやルシール達とも仲が良いセレナ。
クエスト紹介所の隣に構えているということもあって、報酬金を受け取った者達がこぞって達成祝いにとうまい飯を求めてやってくることが非常に多く、店内は常に人で賑わっていた。
彼女はそこの看板店員でもある。
大我も激しく動いた後の腹ごしらえにと通うことがそこそこあり、そうしているうちにそれなりに彼女との交流が出来るようになっていた。
「二人を探してたのよ! なんかね、大我向けに直接依頼……依頼? まあそんな感じのが来てるみたいなの。それでね、偶然近くにいたセレナが、知り合いだからって伝えに行ってくれーって頼まれたわけ。もう、休みのセレナを使いっぱしりなんていい度胸よね」
「あ、あはは……まあ伝えてくれてありがとう。んじゃ、俺早速行ってくる」
「いってらっしゃーい……けど、面白そうだからセレナも付いていっちゃう」
「お前どっちなんだよそれ!」
「いーでしょ! セレナの気分次第!」
気まぐれに気まぐれを重ねたようなセレナのムーブに翻弄される大我。
軽い言い合いみたいにもなりながら紹介所へ向かう二人の後ろで、エルフィは軽く溜息をつきながらふよふよとついていった。
「はぁ…………こいつといるとなんか調子狂うんだよな……」
「なんかいった!?」
「いーやなんにも!」
* * *
「お待ちしておりました大我さん! セレナさんも連絡していただきありがとうございます」
「今度セレナが何かする時、報酬倍にしてよね!」
「それはお断りします。さて、今回はある方……というよりも、ある種族の人から直接大我さん宛の依頼が来ております」
「大我に直接……大我なんか覚えあるか?」
「いや、なんにも…………評判とかを聞いてってのなら可能性はありそうだけど」
バレン・スフィアを消滅させたというネームバリューから来る直接の依頼というなら多少の納得は出来る。
本音を言えば、自分より強い人物も存在するアルフヘイムで、誰かが指名して依頼するというならばそれくらいしか思いつかない。
一体どんな内容なんだと考えていると、受付嬢が直接それを書き記した用紙を提出した。
よく見てみると、その紙はややしわくちゃになっている。
「これがその方の依頼申込書です。少々字が特殊なので、直に確認されるのが早いと思われます」
一体それはどういう意味なのか。実際に確かめてみると、ようやく現世界の文字が身にしみてきた大我の頭上にハテナが浮かんだ。
「…………読めねえ。割と字が崩れてて読めねえ」
「セレナにも見せて? うーん…………セレナは割と読めるけどめんどくさいわね。はいどうぞ」
ネイティブなセレナは面倒だと放り投げ、おそらく一番活字を読めるであろうエルフィがそれを手にする。
「お前らなあ……少しは自分で読む努力しろっての。なになに…………『大我さんにお礼をさせてほさいと思い、依頼をしました。どうか、私達の村え来てこださい。それが、私の依頼とす。カンテロ』」
「なんだその翻訳ソフトミスったみたいな文は」
「実際こう書いてんだから仕方ねえだろ。なになに、場所は…………ん、ここは…………ゴブリンの村か」
用紙に記されていた場所は、アルフヘイムからはやや遠い所に存在する小さなゴブリンの村、サカノ村。
一体そこから何のようがあるのだと、二人はさらに悩みに悩む。
「えっ、なになに? 二人共ゴブリンと知り合いなの?」
「いやそういうのはねえけど……なんかあったっけ?」
「お前が思い出してねえんだから俺が思い出せるわけねえだろ。でもお礼ってことはなんかあるんだよな? うーん…………」
全く覚えの無い繋がりに、唸るような声を上げながら必死に頭を捻る二人。
そして、大我とエルフィは同時に互いを指差して、頭上に電球が灯ったような顔で向き合った。
「「思い出した!! あれだ!!」」
「バレン・スフィアに行く前のアレか!!」
「やーーっと思い出した!! そうだよそういや途中でそんなことあったな!!」
「えっ、なになに、なんかすごい盛り上がってる」
ようやく記憶の引き出しから探り当てられたことにすっきりした感情を発露する二人。
大我とエルフィは、バレン・スフィアへと向かうその途中、巨大なキメラが何かを襲っている姿を目撃した。
それを見過ごせないと一旦寄り道した二人は、それを難なく撃破。そのキメラの先におたのは、二人の怯える少年と少女のゴブリンであった。
周囲の無事を確認した後、エルフィがゴブリンの持っていた木製よりもさらに強い岩製の棍棒を作成して二人に手渡した、その場を去った。
思い当たることと言えばこのくらい。つまりそれが正解。二人は盛り上がった。
「あいつら無事だったんだなぁ……なによりだ」
「それがわかっただけでも嬉しいけど、まさかここまで来てお礼までしてくれるなんてな」
「では、この依頼を受けますか?」
「勿論!」
二つ返事でOKを出し、実質歓迎のお便りに近い依頼を受諾した大我。
その直後に、じっと見ていたセレナが追うように話しかけてきた。
「ねえ、それセレナも付いていってもいいかな?」
自分達に直接向けられた依頼に対して、まさかのついていきたいというお願い、
大我自身はそれは別にいいとは思っていたが、内容が内容だけにいいのかと考えてしまう。
「俺は別にいいけど……俺達向けだし、あんまり面白くないんじゃないか?」
「べーつにいいの! どうせ今日は暇だし、滅多に行かないとこに行くと思えば、ちょっとした旅行気分じゃない?」
軽快に動きながらの動機説明に、ややめんどくさいな……と思いながらも、まあ実際警戒するようなこともないだろうしと、大我は気軽な気持ちでそれを受けた。
「どうしてもっていうなら……」
「やーりぃ! ありがとね! ま、駄目でも行くんだけど」
「なんか言ったか?」
「なんにもー? あっ」
最後にぼそっと、聞こえないように本音をつぶやいた直後、セレナはなにかに気づいたように紹介所の入り口へと向かう。
少ししてから戻ってきたセレナ。隣にいたのは、やや戸惑い気味の表情を見せるルシールだった。
「ねえ! ルシールも連れて行っていいでしょ!?」
「ち、ちょっとセレナぁ〜」
偶然やってきたところをいきなり引っ張られたような様子で、ものすごくあわあわしているルシール。
セレナの表情は、先程よりもやや楽しそうに見えた。
「……強引に連れてきたのか」
「あ、あの、今日は休みだったので……クロエさんの家に行って一緒に本読もうかなって思ってたら、今日はどうしても用事があるらしくて……なのでちょっと戻ったんです……」
「あまり気が乗らないなら拒否してもいいと思うぞ」
「あ、いえ…………私は別に……一緒に行くのは、構わないので……」
「いいのか……」
あれよあれよと言う間に、大我の周囲に人が集まり始める。
そして、そんな盛り上がりを聞きつけたかのように、直前までどっちが同時に目をつけた一人用の依頼を受けるかと争いかけていたラントとアリシアもやってきた。
「アリシア、俺こっちの方が面白そうだからこっちいくわ」
「ええ!? 散々争っといてそっち!? じゃあこっち取るわ」
二人一緒に行くと思いきや、意見が分かれてラントのみが大我側にやってくることとなった。
流されるように賑やかになっていく大我一同。
ティアがいないのが惜しいなとも思いながら、たまにはこういうのもいいなと、大我はやれやれと言ったような溜息をついた。
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