第206話
そして、大我とエルフィがぶつかり合うヘルゲン。
反撃や攻勢を与えないようにと、大我が徹底的にラッシュを与えるが、ヘルゲンは見切りつつ少ない動作で一発一発の攻撃を避けていく。
付近に死体があればそれを盾にして、完全に破壊されなければそれを直接投げて動かし反撃する。
放り投げられた手足や頭部を大我は払い除け吹き飛ばす。
その小さな隙につけ込み、ヘルゲンの黒炎を帯びた右手が心臓を掴むように突き出される。
指の一触すら受けないように、地面についた右脚の力を瞬間的に上げてバックステップ。
同時にエルフィの援護射撃によってヘルゲンを怯ませて事なきを得た。
二人の一騎打ちに集中している間に、誰も余計な相手を近づかせないようにアンデッドの露払いを努めながら大我へのサポートを忘れないエルフィ。
お互い未知数の相手との対峙は一進一退の攻防を繰り返し、決定的な一打を叩き込めずにいた。
「中々にしぶといね。そろそろ死んでくれても構わないんだが」
「それはこっちのセリフだっての。見た目によらず相当な武闘派じゃねえか」
ヘルゲン側は、様々な絶命的黒魔法や幻惑魔法を試しながら接近戦に付き合うが、あの手この手を試しても一向に効果のある様子が見えない。
何度かエルフィにもターゲットを変えてみるも、どうやら精霊なだけあって他の人物よりも圧倒的に耐性があるらしく、すぐさま選択肢の外へと追いやられた。
一方の大我は、パワーでは大きくヘルゲンを上回っていても、単純な技量差や戦闘経験によって攻撃を往なされ、決定的な一発を全く叩き込めずにいた。
むしろ持久戦に持ち込まれてしまっては、高燃費な大我には辛いものがある。エルフィの協力あってギリギリ対峙できている。
それがわかっているからこそ、だんだん焦りが生まれ始めていた。
「おい大我、ちょっとこっち向け」
「え、なん…………いてっ!? つめてっ! 何すんだてめえ!!」
劣勢の雰囲気を醸し出しかけていた大我に、キンキンに冷やされた右手で頬を引っ叩くエルフィ。
二つの予想外が同時に襲ってきて、不安など考える暇もふっ飛ばされた大我。
「弱気になると一気につけこまれるぞ! いいか、俺達は戦えてるんだ。負けてるわけでもねえ。勝てねえんならとっくに俺達は地面に倒れてる」
「そりゃそうだけど、どうすりゃいいかわかんねえよ。想像してたよりも真正面からのやり合いがうまいしさ」
「まあ、確かに…………大我、お前一人で数分時間を稼げ。その間に俺が準備をする」
「準備って、一体何を……うわっ!」
「作戦会議はそう簡単にさせないさ」
策を練る合間も与えないと、迅怜が吹き飛ばした無数のレギオンの四肢を操り、いつでも何が来てもいいように場を整える。
細かいことを話している暇はない。とにかくエルフィが何かの準備をする。大我は全力で抗う。
結果がどうなるかは後でわかる。互いの信頼を担保として、大我はヘルゲンが立つ方へ視線を刺した。
「わかった。とにかく早く済ませろよエルフィ!」
「わかってるよんなこと! 死なないように頑張れよな!」
新しい世界で最も身近にいてくれた者。それだけに信頼もとても大きい。
不安を取り去り、改めて戦闘意欲を取り戻した大我は、一人でヘルゲンへと対峙した。
その後方でエルフィは、一人で詠唱を進める。
「ほう、一人で来るのか。私をそれで倒せるとでも」
「できたらどうするよ」
「大口を叩ける余裕はあるか。だが私には勝てない。君の未熟さではね」
空中に浮かび上がった、男女それぞれの腕が動作を始め、指をバラバラに動かし始める。
それが詠唱となり、大我めがけて火球や雷撃、氷柱と、魔法の弾幕を撃ち放った。
「これくらいなら!!」
昔の自分ならいざしらず、戦いと経験を重ねてきた今の大我ならば、これを避けることは造作もない。
まずどの手から攻撃が放たれる手の順番、発動の瞬間、魔法の軌道。それらを全て大まかに把握し、ダッシュの速度を緩めずに、時に小さく、時に大胆に動いて避けていく。
放たれる頭部や脚は掴み投げや裏拳で振り払い、とにかく全力かつ強引に走る。
波状攻撃に対処しながらの前進はさぞ面倒臭かろうと、ヘルゲンは両手につくった黒炎を重ね、前方へ放射状に放った。
「イメージしろ、思い描け! 盾を全身に纏うんだ!」
逃げ場のない距離。ならば炎の中を突っ切るしかない。
以前なら絶体絶命だが、今の自分には魔法がある。
大我は指輪の力を使い、身体前面に大雑把なマナの防壁を纏い、炎を押し切った。
未熟な為にまだ熱いと感じる。だが耐えられない程じゃない。
霧を貫き抜ける突風が如く、大我は再びヘルゲンの眼前へと姿を現した。
「今度こそ決着つけるぞストーカー野郎!!」
「私をそう呼ぶとは心外だな。私は私の目的の為に進んでいるのに過ぎないのに」
「だいたいなんでルイーズさんのこと狙ってやがるんだ!」
「それは、私の隣に並び立つ者として――――死霊術師が統べる世界に相応しい力を持つからだ」
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