第194話

「直前まで気配も臭いも無かった。アンデッドがここまでやるのは単独じゃありえねえ。ということは」


 迅怜は足元に電撃を走らせ、戦闘態勢に入る。

 周囲の視界はそれ程悪いわけではないが、季節外れの青々とした雑草の数々が、視認領域の邪魔をする。

 だがその程度は彼の問題にはならない。大地を走る電撃が、視覚と嗅覚以外の探知を果たす。

 360度全方位。新たな敵の可能性を察知する。

 その間にも、眼の前の地面から抜け出そうとしていたアンデッドは、ついに全身を空気に晒した。

 土まみれの衣服に折れた左腕、綺麗な肌とは対象的な痛々しい傷跡、ふらふらと据わらず横に曲がった首に白目をむいた右眼。

 明らかに一度死んでしまっているとわかる様相だった。


「臭いが増え始めたな。3……5…………9…………12…………まだいやがる」


 探知能力を駆使し、一体、また一体と、敵の存在を確認する迅怜。

 しかしつい数十秒前まで、微かな気配すら感じなかったのはやはり不自然。それ程までに敵の準備は周到だったのだろうか。

 思考を巡らせ、戦況を予測しようとした矢先、現れたのは女性アンデッドが、うめき声と一緒に奇妙な言動を発しながら襲いかかった。


「ア……ぎ…………#3@……お……ユる…………し…………」

 

 その動作はふらふらと手を伸ばしてゆらりと、ゆっくりと動き襲いかかるゾンビのようなものとは全く違う。

 人間としての動作の枷を外したような、滅茶苦茶で本能的な、機敏な動作だった。

 地面に沈めるように右足を踏み込み、身体全体を弾丸にするように真正面から迅怜に突撃する。

 その勢いを右腕にも乗せ、肩から動かして棒きれのように振り下ろさんとしていた。


「捨て身の特攻か。下らん!」


 ただの身捨ての突進程度では、強者の領域に足を踏み入れることはできない。

 迅怜は単純な突撃のコースを完璧に見切り、力任せの二段攻撃が叩き込まれる前に姿勢を低くして前進。

 踏み込みながら右腕を下げるという短く簡潔な詠唱によって右手に電撃を集め、そしてアンデッドの腹部に強烈な雷撃のアッパーを叩き込んだ、


「痛いいいいい…………助け助け助けkkkkk…………」


 悲鳴のような断末魔のような、悲痛な叫びと共に死体の身体は腰から真っ二つに弾け飛んだ。

 遠くへ吹き飛んだ下半身は、ぴくぴく震えながら緩慢に両足とゆっくりと動かし、上半身は声にもならない電子音とかろうじて人間らしく聞こえる苦しみの声を発しながら、がくんと規則的に揺れた。


「残るは…………19。また増えてやがる」


 一体一体の能力は大したものではない。多少の馬鹿力はあるのだろうが、触れられさせしなければ無いも同然。

 ここにいるアンデッドの主は奇襲までの策略や方法はうまく練っているが、それ以降を考えていないのだろうという印象を抱いた。

 

「とっとと片付けて、報告したほうが良さそうだな」


 その程度の人物ならば、まとめて相手にするよりも司令塔となるネクロマンサー一人を叩き潰した方が早いだろう。

 そう考えた迅怜は、電気網と嗅覚による察知から、アンデッド達とは違う気配を感じ取った方向へ走り出す。

 木々の間を走り抜けた先、いかにもな黒装束を身に着けた人影が構え立つ姿が見えた。感覚に訴えかける濃い気配。先程の死骸を操っていたのは、この先に立っている者で間違いないだろう。

 迅怜は勢いを殺さずに爪を立て、雷撃を全身に、特に右手と右脚に集中させて纏い、一瞬で決着をつけるために先制を仕掛けた。




 木々の隙間がそこそこに広く空けられた、いくつかの切株のある開けた空間に立っている黒装束の男。

 両手を動かしながらどこか遠くを見ていた刹那、まるで糸のように細く、しかし心の臓を抉り取らんとするような鋭い殺気を感じ取る。

 男が歯を食いしばり、慌ててその方向へと身体を向ける。


「――――ッッ!?」


 眼の前に現れたのは、蒼い雷を全身に纏った、まるで神獣の如き人狼だった。

 無策ではない。だがそんな策を実行する前に、こちらから何か反撃しようものなら、触れれば確実に死に踏み込んでしまう。死を操る生業が故に、その境界線は本能的に理解できる。

 黒装束の男は決して自らの反撃も対応もしようとせず、全力のバックステップでその場から大きく後退した。


「やっぱそう来るか」


 迅怜は冷静に状況を見極め、予め力を溜めていた右脚で地面を踏み込み、90度直角に方向転換する。

 それから2秒後。上空と草陰の中から8体のアンデッドが一斉に人物の残照目掛けて飛びかかっていた。

 当然ながらその待ち伏せは不発に終わる。

 中間にアンデッドの山を挟み、互いに向き合う迅怜とネクロマンサー。

 だが、後者の手は小さく震えていた。


「やるな。待ち伏せを狙っていたんだろうが、そこで完全な後退を選べるのはいい判断だった」


「っ…………私が逃げなければ、そもそもこの罠すら使えていなかった。飛びかかる前にお前の爪が届いていただろう」


「元よりそのつもりだった。ちょっとでも対峙しようとする命知らずじゃなくてガッカリだったがな」


「私は命を使いはするが、命知らずなわけじゃない。死線くらいは見極められる……相当危なかったが」


 どうしても言葉の隙間に入り込む安堵の声。怖気づきはしたが、倒されはしなかった。

 黒装束の男は呼吸を整え、迅怜と対峙する構えを取った。


「だが、ここからは貴様と勝負させてもらう。どれだけの手練でも関係ない。既にこの場は私が組み上げた舞台だ」


 迅怜はその啖呵に決して動じず、淡々と己の体勢を整え、構えた。

 その口ぶりからして、いくつもの仕掛けや罠を用意しているのだろうと予測できる。が、それでも彼にはまた納得できない点があった。

 それは、なぜ今、このタイミングで、特定の個人相手を見据えたような接敵をする必要があったのか。


(場を整えていると宣言する程の準備をしてるなら、それに連なる計画を立てているはずだ。俺一人狙うのは意味が無い。そもそもこいつらの狙いはルイーズのはすだ。となれば……)


 この僅かな時間で提示された材料が示す答えは一つ。


「戦力の分散か。急いで戻らねえとな」


 迅怜の瞳に、撃滅の火が灯った。

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