第165話
大我達がこの異常事態の収束へ大きな前進を踏み出していたその少し前、たった一人でドロアと対峙しているバーンズは、豪快に大剣を振り回しながら、まるで棒切れだけを持っているような軽快な動作で、無数の腕を何度も屠りながら立ち回っていた。
「なんナんだこイツは……一向にへばル様子を見せない……！」
地面から突き出た腕を触手のように動かし、バーンズのいる地点をサーチしながら絶え間なく攻撃を放っていく。
だが、そんな波状攻撃すらも生温いと言わんばかりに、バーンズは何度も周囲をぐるっと見回しながら敵の動向を探り、こちらへ来ると感じた腕だけを警戒。
巨大さ故に必ず発生する、影響を受けにくい地点、死角へと身体を持っていき、複数の目標をまとめて両断、爆散させる。
その都度ドロアは自らのオプションであるそれを復活させてみせるが、その回復速度とバーンズの斬撃ペースを比べれば明らかに相手側の方が早い。
まるで、いつでもお前の喉元に喰らいつけると、無言のプレッシャーをぶつけられているようにすら感じる。
「おおっと！」
不意打ちを叩き込もうとも、バーンズは一瞬の足元の違和感の逃さない。
地面が盛り上がったその瞬間に、反射的に後方へとバックステップして回避。
その空中へと投げ出された隙を狙い、背後からの一撃が放たれるが、バーンズは空中で身体を大きく捻り、勢いを乗せての回転斬りを放ち、難を逃れた。
瞬間瞬間での判断とその実行力、その行動が正解でなくとも、すぐにリカバリーしてみせる復帰力。
これが部下を取り込んで得た記憶に存在する、ネフライト騎士団第２部隊隊長の実力かと、ドロアは歯軋りをした。
が、だからこそ吸収のしがいがある。
こいつさえ我が物にできれば、さらなる力をつけられることは間違いない。やはり自分の狙いは間違っていなかった。
ドロアは機械の巨腕を変形させ、５本の指を刃のように尖らせた。
「爆轟・爆旋風！！」
一撃必殺の威力を持つであろうその脅威に怯むことなく、バーンズは爆轟剣に紋様を走らせ、右足で地面を強く踏み抜き軸足とする。
そして、その場で遠心力を以て回転し始め、左側の刃から爆発を起こし、それを加速剤としてさらなる回転を起こす。
「どぅおおおおりゃぁァァァァ！！！！！」
バーンズはその場で爆風を纏う紅い竜巻と化し、襲いかかる巨腕を全て薙ぎ払い、爆散させ、周囲に残骸の山を作り上げた。
「おっとと…………どうした、もう終わりかドロア！！ てめえの力はこんなもんなのか！」
受けたダメージは微小な程度に収まり、まさしく圧倒という言葉が当てはまるこの状況。
当初の殲滅宣言とはうってかわって煽る余裕すら見せるバーンズ。
ドロアは怪訝な表情を見せた。
「貴様……何を狙っテやがる」
「何を狙って？ はっ、何言ってんのかわからんな」
「とぼけるな。それが貴様ノ全力じゃないコトは俺ニもわかる。戦いを長引かセ、一体どうする…………！！」
この時、ドロアにある情報が入ってきた。
「なるほド、そウイうことか。だから時間稼ギしていたノカ」
「何をいってんだお前は」
「貴様、俺の本体ヲ叩くためにわざと囮になったな」
バーンズは一笑し、マイナス感情の無い溜息をついた。
「正解だ。こういう状況は、俺が一番引き受け役に向いてるからな。なにより、俺の武器は目立つ」
「どこでそれヲ理解した？」
「ここで姿を出すような浅い奴なら、最初からわざわざ村一つ巻き込んでまで姿を隠すような真似しねえだろ。慎重な奴ほど、こういう部分は徹底するもんだ。だから行動を分散させた」
「…………その為にアんな啖呵を切ったノか」
「あれは本音だ。俺はお前を今すぐにでも叩き潰したい。だがそれは今じゃない。激情に任せて突っ走れば本来の目的を見失う。一人では迷路に迷い込んでも、仲間がいればいくらでも目標への活路が開けるわけだ」
してやられたと、その騙しに苛立ちを覚えるが、ドロアはすぐに嘲りの一笑を向けた。
「はっ……だガ、それもうまくいクかな」
「うまくいくさ。あいつらを信じてるからな」
「分かっテるんだろう？ 今ここにいル俺は本体じゃないと。なら、俺の分身は一つじゃないこトモ察してるんだろう？」
バーンズは苦い表情を浮かべた、
本体を叩く道筋を決めた大我達。
それを実行に移すまでの僅かな時間、イルの提案により、ほんの少しだけの仮眠休憩を取ることにした。
予想外の襲撃からの逃亡。立て続けにやってくる事象による疲弊は僅かでも回復しておくに限る。
巻き込まれた従業員はラントが土魔法によって安全な壁を作って身を隠し、その上での小休止。
いつ動いてもいいようにと皆で固まり、大樹を背にして身体を休めていた。
そんな中、メアリーが一人だけゆっくりと起き上がり目を覚ます。
ぱちぱちと瞬きの後、その視線は真っ直ぐとルークの方へと向けられていた。
「ルークくん大丈夫かな、心配だけど……」
まるで安否を気遣うような言動。だが、その身体は言葉とは対象的に、ゆっくりと音を鳴らさないようにルークの首へと向かっていった。
誰にもばれないように、気付かれないようにと手がどんどん伸びていく。
そして、喉元に触れかけたその時、真正面からある人物の手がその腕を掴んだ。
「一体何をしている」
「あっ、イルさん……」
「しっかりと見てたぞ」
その主は、つい数秒前まで目を閉じていたイル。そして、肩の近くで不信を露わにする目線を向けるエルフィだった。
「ルークくんが心配だから、様子を見ようと……」
「ついさっき確認したばかりだ。その必要はないし、何よりお前も見ていただろう」
メアリーが見せた怪しげな行動を問い詰める二人の会話に、大我とラント、ルークも目を覚ます。
やや重苦しい空気が流れる中、メアリーが下を向きぶつぶつと言葉を紡いだ。
「そうですけど、それでも心配で、私はルークくんに何かあったらと思ったから確かめようと」
「それは今聞いたぞ」
「そうですけど、それでも心配で、私はルークくんに……」
「…………？？」
同じトーン、同じ口調で同じ内容を語り始めたメアリー。どこか口の動作も合っていない。
一体何が起きているのかとさらなる疑念が噴出し始めたその時、イルは複数の雑に地面を踏み抜く足音を察知、即座に立ち上がった。
「みんな立て！！ ここから離れろ！！」
強く張った警戒の声に、大我はルークの腕を引き、ラントと共に後方へと下がる。
イルのその場に留まり、レイピアに手を当てて臨戦態勢に入った。
「ルークくんに何かあったらと思ったから確かめようとしただけで、そうですけど、それでも心配で……」
壊れた人形のようなメアリー。どこか表情も虚ろに見える。
そして、右腕をがたがたと痙攣させた直後、手のひらが割れ、中から鋭利な刃が姿を現した。
「嘘だろおい……」
それに続くように、全身の機構を剥き出しにした何体もの人型の敵性体が、メアリーの後方につく。
一旦の退避を経て作られた休息の時間は、一人の本性によって終わりを告げた。
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