第164話

 一旦の退却の為に、ひたすらに、ただひたすらに走り続ける大我達。

 一度通り、記憶した道をうろおぼえながら走り、細かな軌道修正をエルフィが伝える。

 感覚的にどれだけの距離を走ったかわからない。いつ頃着くかもわからない。


「ち、ちょっと……待ってくださ……」


 一緒に連れ出した従業員の一人が、音を上げて立ち止まる。

 それを見たイルが、周囲を一通り睨むように警戒した後、そっと手を肩に当てた。


「わかりました。では、一旦ここで休憩しましょう。今の所追手の気配も無いですし」


 ずっと駆け抜け続けた森の中。イルの指示の下、全員は一旦の休息を取ることにした。だがその時間は長くはない。

 ようやく訪れた、口が開ける状況。大我は肩を揺らして息をした後、真っ先に質問した。


「な、なんで………はぁはぁ……バーンズさんを一人にするようなことを…………」


 イルはピクッと反応し、顔を向ける。

 そして、そんなのわかりきっていると言わんばかりに口を開いた。


「それが隊長の命令だからですよ。私だって無茶な状況なら反抗します。でも、隊長の眼は決して沈んではいなかった。あれは勝算がある眼でした。だから隊長を信じて皆さんを連れ出したんです」


「……それは、本当に信用していいんですか」


「ええ、間違いなく。それに、あんな相手にやすやすと負けるほど隊長は弱くありません」


 まるで実体験がこもっているが如き、とても強い信頼の意志を質問に対して示したイル。

 手練が集っているネフライト騎士団の隊長格。つい先程は焦りもあって思考が混乱していたが、確かにそれだけの人物ならば、自分達を逃してくれたとはいえ何の思慮もなしにその行動に移ったとは思えない。

 不安が完全に霧散したわけではないが、大我とラントはその実力を信じて思考の裏にその懸念を置いておいた。

 五分ほどの休憩を置き、大我達は再び出発。

 今度はエルフィが休息中に用意した風魔法による移動支援もあって、スムーズかつ疲れも少なく移動することができた。

 そして、一行はバーンズが傷を付けた大樹の元へと到着した。

 急激なる状況転換と全力疾走の疲れからか、連れ出した従業員達はすぐさま木を背もたれにして眠りについてしまった。

 大我達も地面に座り込み、休息の時に入る。


「ひとまず身体を休めてください。この木々の中、多少は時間を稼げるでしょうが、おそらくここもそう遅くないうちに嗅ぎつけられるでしょう。それまでに方針を決めて、改めて攻め入ります」


 木を隠すなら森の中といったところか、一行にしかわからない記憶を元にした指示で仮拠点を指定したバーンズ。

 そのおかげで、分断こそ起きたが希望を繋ぐことができた。次はこれを活かす番である。


「あの、皆さん大丈夫なんですか? 同僚を助けてもらったことはとても感謝していますけど、それで結構消耗したんじゃ……」


「心配ありがとうございますメアリーさん。でも、今俺達はそういうことを考えてる暇はないんです。それに、まだまだ動けるだけの力は残ってますから」


「なら、いいんですが……」


 メアリーは大我の力強く訴える言葉に、その心配の雰囲気を払拭できていないまま黙る。

 それを横目に、ラントがまず第一声を切り込んだ。

 

「ケルタ村からここまで、追手が来る気配は一つもなかった。確かドロアとか言ってたか。あいつに隠れた部下とかそういう類のは無さそうだな」


「強いて言うならば、異形化させる因子を組み込んだ村人だろう。だが、私達が奴と対峙したとき、村人が襲ってくる気配はなかった。いざとなれば、兵隊として仕向けることもできただろうに」


「出来てもする必要がなかった……とか?」


 大我のぼそっと出た一言に、ラントの思考が走る。


「地面から出てきたときも、俺達を狙わずバーンズさん一人を狙いにつけていた。ということは」


「ドロアの目的は、隊長一人だった……? でも一体何の為に」


 手がかりが少なすぎて未だに見えてこない動機の全体像。

 迷路に入り込みかけたその時、ぼそっとルークがそれを口にした。


「自分が強くなるためだ。あいつは他人を吸収してはどんどん強くなってる。それを繰り返してきたんだ」


 予想外に伝えられたその理由。

 ルークは内容を続ける。


「僕は偶然、あいつが村にやってくる所を見たんだ。結構ふらふらしてて、最初はただの余所者だと思って気にしてなかったし、それから姿を見ることもなかった。でも、それから村の人達が少しずつ姿を消していったんだ。人のいなくなる早さがおかしいと思ったところで、ようやく外に助けを求めようとした。でも既に遅かった……。見ましたよね、口外しようとした者がどうなるか。誰があんな姿になるかもわからず、自分にもそれはわからない。その結果、あんなに雰囲気が暗い村になった」


「それで……あのドロアが原因だと知ったのは?」


「それから少し経ったあと……だったかな。誰も原因がわからず、どうすりゃいいのかもわからない中でふと思い出したんだ。さすがにもう去ってるだろと思いながら、誰にも見られないように色んな家を見回っていった。そしたら……見つけたんだ。かすかに人の形を残した怪物になってるあいつの姿を」


 意識がその話に集中し、誰も注目していない中、メアリーの瞳孔が開かれ、奥のレンズがルークを固定するように捉える。


「それで確信したんだ。アイツは自分の力の為にみんなを犠牲にしてる。けど、僕にはとうしようもない。だから、誰かが来るのを待ってたんだ」

 

「……もしかして、これは君が?」


 年の為にと持ち込んだボロボロの手紙を見せるイル。

 しかしルークは、知らないというような表情を見せた。


「これは僕じゃない。手紙は出す前に絶対遮られるだろうって思ってたんだ。でも、これがあるということは、僕以外にも頑張った人がいたってことだと思う」


「ともかく、これで重要な情報は掴めたな。…………ルーク」


 最後にエルフィが、どうしても一つ気になったことを質問する。


「ルークが思うに、さっき出てきたアイツは本物だと思うか?」


「どういう意味?」


「おそらくドロアとかいう奴、部下はいなくともその分身を駒として扱えるタイプだと思うんだ。唐突に出てきたあの巨人もそういうのだろうよ。てなったら、いくら狙っててもわざわざ本体が姿を表すとは思えねえんだ」


 ルークは少し考えたあとで、自分なりの結論を出した。


「………………たぶん、違うと思う。あいつはずっと影から僕達を苦しめてきた。何があっても自分からは出てこない。だからアレも本体じゃない……と思ってる」

 

「………方針は決まったな」


 イルが区切りの一言を告げる。

 欲しかった情報は出揃った。そのおかげで、自分達が目指すべき方向性も定まった。

 大我達に課せられたミッションはただ一つ。


「――――ドロア本体の撃破だ」

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