第156話

「ああ……いつになっても長距離移動って疲れるな……」

 

「お疲れみんな。少し休憩したらすぐに外に行くからな」

 

 持参したいくつかの小さな荷物や武器をそれぞれの宿泊用ベッドの上に起き、大我、ラント、バーンズの三人は一斉に大の字になった。

 それからすぐに起き上がったのはバーンズ。何かを目標に勘付かれる前にと、ひとまずの行動計画を整理しようとしていた。

 

「そういえばイルさんは?」

 

「あいつは別室だ。男三人女一人ってなったらアウェイだろうよ。なあに、隣の部屋だから心配いらないし、あいつは強いぞ」

 

 男女別れての宿泊。性別入り混じる他人同士での外泊など、修学旅行くらいで滅多に体験したことのなかった大我は、そりゃそうかとすぐに納得した。

 その直後、噂をすればと言わんばかりに、三人の部屋にイルが姿を現した。

 

「ちょうどいいとこに来たなイル。外から話でも聞いてたか?」

 

「聞いてませんけど、その言い方だと私の話でもしてたんですか」

 

「ちょっとだけな。悪い意味でもねえから安心しろ」

 

「わかってますよそのくらい。それで、これからどうするんですか」

 

「そうだったな。だがその前に…………ちょっと外出るぞ」

 

 荷物を一度全部降ろしていたバーンズは、自らの武器である大剣も置いて、皆に外に出るように促す。

 せっかく室内を確保できたのにとほんのり面倒くささを感じながら、他の四人もそれに従って外へ出ることにした。

 入り口までの道中、五人は親切に案内をしてくれたメアリーとすれ違う。

 

「皆さんもうお出かけですか? 日が落ちるまでたっぷり時間ありますし、もう少しゆっくりしてもいいのに」

 

「そうしたいんだが、ちょっと村を散策したくなってね。楽しむ時間は多いほうがいい」

 

「確かに……疲れたら遠慮なく戻ってきてくださいね! いつでも万全のサービスで待ってますから!」

 

 純粋さをひしひしと感じるメアリーのその元気さを背に、五人は頭をそれぞれに下げてから外へ歩き出した。

 そして、日差しがまだ白い日中。五人はばらばらに座ったり立ったりとそれぞれのスタイルで体勢を整える。

 

「なんでわざわざ外に?」

 

「周りに誰かいないほうがいいだろう。それで……お前ら、村を歩いておかしいと思ったことはなかったか」

 

 早速切り出される本題。大我とエルフィ、ラントはそれぞれに顔を見合わせる。

 三人が同じように感じていた、妙に怯えるような雰囲気。その感覚は間違いないと考えた大我が、一番に口を開く。

 

「なんか、何かを警戒してる様子ではありましたね。怯えてるというかなんというか」

 

「目を合わせてもすぐに顔を反らすし、一回挨拶したけど、返事返した後はすぐに離れてったもんなあ」

 

「やはりそんなところか……イルは何かないか?」

 

「私も同じく。村の中にそれらしい脅威の痕跡が見えないのも気になりました。普段は姿を表に出さない存在なのか、それとも…………」

 

「概ねわかった。こういう時はだいたい、見えない抑止力が働いている。それが監視勢力なのか何かしらのトリガーを以て縛り付ける魔法の類なのかはわからんが、誰もがそこまで怯えてるってのはただ事じゃあない。ちょっとした情報すら聞き出せない可能性がある」



 調査隊や手練れの隊員すらも退けられた、ケルタ村の失踪事件。

 ただ暴力的で強引な支配であればどれだけ楽だったか。一帯を支配し抑圧する見えない敵程脅威となるものはない。

 敵の正体すら未だ掴めていない状態で、それを取得することも難しい可能性があるとなれば、一筋縄ではいかないだろう。

 

「まずはそれぞれに分かれて聞き込みをするんだ。質問できそうならどんどん尻込みせず話しかけろ。今はちょっとでも情報がほしい」

 

 見えない敵と大我達。互いに情報は現状乏しいはず。

 もし存在に気づかれれば、そこからは短期決戦。と、行きたいが、正体がわからない今は圧倒的不利。

 ならば早いうちに準備を整えなければと、バーンズは判断した。

 

「幸いここにいるのは、一人でも充分戦える奴ばかりだ。何かあったら容赦なくぶつかれ。いいな?」

 

 こくりと真剣な眼差しで頷く一同。

 そしてそれ以上の言葉は交わさず、五人は散開して情報収集のフェイズへと入った。

 

 

 

 それぞれに分かれての単独行動。まるで刑事ドラマの捜査員みたいな真似をすることになるとは思わなかった大我は、エルフィと共に誰か話せそうな村人はいないかと、周囲をしっかり見渡しながら田舎道を歩いていた。

 

「いざ探そうってなると見つかんねえもんだよなー」

 

「そういうもんだよな。物欲センサーって奴か」

 

「物欲じゃねえだろこれ」

 

 アルフヘイムと違い、どうしても人口の差がある分人との遭遇が乏しくなってしまい、話を聞く第一段階にすら入れずにいた。

 

「エルフィ、ちょっと高く飛んで誰かいないか見てきてくれるか?」

 

「オッケーわかった。少し待ってろよ」

 

 こういう時こそ確かに俺の出番だと、エルフィは羽根を羽ばたかせ、上空へ飛び上がり周辺を見渡した。

 すると、前方からエルフと人間の男三人組、そのさらに後方から、二人組のカップルらしき姿が見えた。

 朗報を知らせに、エルフィは早速大我のもとへと舞い戻る。

 

「ちょうどいいとこに来たぜ。もうすぐ男三人、その後で男女二人だ」

 

「よーしついてる! 絶対聞き出しにいってやる!」

 

 なんだか旅番組か何かでこんな光景を見たようなと、過去の思い出に重ねながら、大我は視界に入ってきた男三人組に話しかけに行った。

 

「あの、ちょっとすみません!」

 

「ああはい、なんでしょうか?」

 

「最近この辺りで、何か事件とかありませんでしたか? その、何か人がいなくなったとかそういう」

 

 三人はわかりやすく顔色を変えた。そして、焦りを隠さぬ挙動と表情で、また元の進行方向を向いた。

 

「すまない、俺達にはそれはわからないな。急いでるからこれで」

 

「あっ、ちょっと! ……ちくしょう」

 

「うーん……やっぱ話題そのものが避けられてるっぽいな」

 

 バーンズが言っていた通り、やはり一筋縄では行かない様子。

 もしかしたら直球で聞くのはまずいのだろうかと思案しているうちに、次の男女二人がやってきた。

 この二人に聞いてから改めて聞き方を考えてみようと、大我は再び突撃していった。

 

「すみませんそこのお二人」

 

「なんですか? 見ない顔ですけど……どなたで?」

 

「ちょっとこの村に泊まりに来たんです。それで、ちょっとお聞きしたいことが……ここ最近、何か人がいなくなった話とか無いですか?」

 

 先程の三人同様に表情が強張る二人。

 女性が男性の服を引っ張り、不安そうな仕草を見せた。

 だが男性は、何か葛藤しているようにも見えた。

 

「ねえマイス……」

 

「……いや、ここは話したほうがいいだろう」

 

「ほ、本当に!? どこで監視されてるかわかんないのよ!?」

 

「心配するなってエヴァ。周りには誰もいないし、外から来たなら信頼できるはずだよ」

 

 エヴァと呼ばれる女性が、心配からか強くマイスを引き留めようとする。それにマイスは、この状態を抜け出すためのチャンスだと強い意志を持ち、安心させようとした。

 大我とエルフィには何が何なのかわからない光景だが、その裏側の根深い事情があるということは嫌でも察せられた。

 

「……わかったわよ。けど、何かあっても絶対これからも私を守ってね」

 

「もちろんだよエヴァ。……さて、二人で話をしててすみません。それじゃあお話しますね。実は、数ヶ月前から突然村人が行方不明になってるんです」

 

 ここまでは、バーンズとのブリーフィングで聞いた内容である。それが村人からもたらされたということは、やはり事実であったということに他ならない。

 

「ああ…………それで、その犯人とか原因ってわかってるんですか?」

 

「それが全く……でも、だいたい二ヶ月程前から、村人に…………!」

 

 その時、村での出来事を話していたマイスの心臓部が、背後から突然貫かれた。

 マイスの胸から姿を現したのは、異形の機械の先に取り付けられたような女性の右手。

 突然の出来事に一瞬怯んだが、すぐさま大我はその背後へと視線を移す。

 そこにあったのは、つい数分前まで普通の人間の姿をしていたエヴァの変わり果てた姿だった。

 首は正面を向いたまま180度回転し、腰も反転した後、足が割れ四速歩行のような姿を作り出している。

 左腕からは肘と手のひらから刃を突き出し、それまで不安げだった女性の可憐な顔は、その時の最後の表情で固定されたままぐるぐると眼球を動かしていた。

 

「マイス、私を私ををこここコレかラも…………口外しタナ? わタシを守っテね? お前ハ、今こコで殺す」

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